スチームパンク的「散歩」——町そのものが舞台装置になるとき
- 日本スチームパンク協会

- 2 日前
- 読了時間: 14分

喫茶蒸談へようこそ
街を「読み解く」ための、非効率な冒険への誘い
私たちは今、最短ルートを計算する地図アプリや、目的地へ効率的に運んでくれるインフラに囲まれて生きています。しかし、その「効率」と引き換えに、私たちは目的地までの「途中」にある豊かな景色を削ぎ落としてしまっているのかもしれません。
スチームパンクが、なぜ現代においても私たちを惹きつけるのか。その理由の一つは、蒸気機関が持つ「煙を出し、音を立て、熱を伝える」という、全身で感じられる非効率な豊かさにあります。本記事は、かつて語られた「街の中に機械の痕跡を探す」という視点をさらに深め、実際にどの場所を、どのような「読み方」で歩くべきかを提示する実践編です。
神田の煉瓦アーチに刻まれた情報の密度、汐留に埋まる時代の断層、そして川崎で直面する人間を凌駕した機械のスケール。ツダイサオとMaRyの対話を通じて、見慣れた都市を「驚異の部屋(ヴンダーカンマー)」へと変貌させる、スチームパンク的散歩の極意を紐解きます。
速度を落とし、顔を上げ、あえて路地に迷い込む。そんな「制御された迷子」の先に待っている、街という巨大な舞台装置の素顔に触れてみてください。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
一年前の話の続きから

前に散歩の話をしたじゃない。「街の中に機械の痕跡を探す」ってやつ。

したね。あのときはわりと「見方」の話とピンポイントなスポットの話で終わってたから、実際にどこを歩けばいいか、まで踏み込めなかった。

そう。読んでくれた人から「じゃあ具体的にどこ行けばいいの?」って声が来てて。

それは確かに続きが必要だったか(笑)。

改めてちゃんと話してほしくて。「スチームパンクな空気のある町」って、どこなの?

じゃあ今回は「歩いてみると面白い場所」を具体的に挙げながら話そう。ただ観光案内にはしたくないから、「なぜそこがスチームパンク的なのか」という理屈も一緒に整理したい。

それが知りたいんだよね。場所より、その場所の「読み方」。
「スチームパンク的な町」の条件

そもそも、どんな町がスチームパンク的なの?

大きく3つの条件で考えてる。「産業の痕跡があること」「時代が混在していること」「用途のわからないものがあること」。

用途のわからないもの?

配管、レール、錆びた鉄骨……「何のためにあるのか今はわからないけど、かつてはたしかに機能していた」ものが残ってる場所。説明しなくていい余白があること。

博物館の展示みたいに「これはXX年代の〇〇です」って解説がついてないやつ。

そう。ヴンダーカンマーの回で話した「なんだこれ?という問いが先に来る体験」と、実は同じことを言ってる。

ああ、つながるんだ。

スチームパンクな散歩の快感って、「知識で読む」より「感覚で受け取る」ことにある。あの配管はどこへ続いているんだろう、あの煙突はいつ止まったんだろう、って想像が動き出す場所が、スチームパンク的な町だと思う。

「読める廃墟」みたいな感じ?

廃墟まで行かなくていい。現役で動いてても、構造が見えていればいい。大事なのは「まだ機能しているが、理由は見えない」という宙吊り感。
神田・秋葉原周辺「機能する迷宮」


じゃあ最初に挙げるなら?

神田から秋葉原にかけての一帯。

電気街のほうじゃなくて?

電気街もだけど、特に面白いのは神田川沿いから万世橋にかけてのエリア。明治から昭和にかけての鉄骨と煉瓦が、現役のオフィスビルと混在してる。

確かに神田ってごちゃごちゃしてるよね。

mAAch ecute(マーチエキュート)って知ってる?旧万世橋駅の高架下を改装した場所で、煉瓦アーチの構造がそのまま残されてる。使われなくなった駅のホーム跡に上がれるんだけど、そこから見る秋葉原の電気街の看板と、鉄道高架の重なりが異様に絵になる。

新しいものと古い構造が同じ視野に入ってくる感じ?

そう。しかも説明が少ない。「ここが何だった場所か」を知らなくても、空間そのものから何かが伝わってくる。それがスチームパンク的に面白い。

神田の古書店街もそういう感じあるよね。

あるある。本の重さが空気を変えてる。本棚の圧力、ガラス越しに見える積み上げられた背表紙……「情報の密度が物理的に見える場所」って、スチームパンクと共鳴する。

本もデータじゃなくて物体だもんね。重さがある。
浜離宮・汐留周辺「時代の断層」を歩く


次は?

汐留から浜離宮にかけてのエリア。あそこはスチームパンク好きにとって特殊な場所なんだよ。

高層ビルのイメージしかないんだけど。

そこがポイントで。日本最初の鉄道が走ったのが、あの汐留の一帯。1872年に新橋〜横浜間が開通したときの起点が「旧新橋停車場」で、今も遺構がある。

え、発掘されてるやつ?

そう。超高層ビルの足元に、当時の鉄道遺構がそのまま埋まってて、発掘したまま保存・展示されてる。駅舎の石積みと、隣のビルのガラス外壁が同じ視野に入る。

時代の断層が目に見える。

「未来の遺跡」って言葉があるけど、あそこはそれの逆で「遺跡の未来」がすぐ隣に立ってる。浜離宮に入ると江戸の庭園があって、その向こうに超高層ビルが並ぶ。時間がいくつも重なっている場所。

スチームパンクって「時代がひとつじゃない」美学だから、そういうところが本質的に合ってるのかも。

まさに。「いつの時代かわからない」が、スチームパンクっぽい。

あと、日テレの大時計もあそこじゃなかったっけ?

そう、日本テレビタワーの2階に宮崎駿がデザインしたからくり時計がある。あれは第44回でも取り上げたんだけど、改めて言うとスチームパンクのイベントで紹介したいくらい、本質的にスチームパンクなオブジェなんだよ。

見た目がまさにそれ、って感じするよね。

1228枚の銅板を手作業で叩き出して作られた、高さ12m・幅18mの機械仕掛けの時計。32箇所にからくりが仕掛けてあって、決まった時間に3分間だけ動き出す。鐘一族と鍛冶屋一族のキャラクターが動き、大砲が煙を吹いて水しぶきを噴射する。

「ハウルの動く城」っぽいって言われるよね。

デザインした時期が『ハウルの動く城』の制作時期と重なってたから、同じイメージが流れ込んでるんじゃないかって言われてる。でも個人的には、あれはハウルより先に「スチームパンクそのもの」だと思ってる。

どう違うの?

ハウルは「動く建物」というファンタジーだけど、日テレ大時計は「時を刻む機械」として現実の場所に存在してる。銅板の酸化した緑青の色、ネジや歯車の構造、動くたびに鳴り響くメロディ……あれは観るためにそこに立っている「機械の彫刻」で、本物の機能がある。

「動く」っていうのが大事なんだね。

そう。スチームパンクって「機械が動いているところが見える」という体験があるから。日テレ大時計は、その体験が無料で、都心のど真ん中で、毎日繰り返されてる。

しかもスタジオジブリと日テレが6年かけて作ったっていうのも、なんかいいよね。量産品じゃない感じ。

「誰からも愛される恒久的なシンボル」を目指して作った、って言葉が残ってるんだけど、それはヴンダーカンマーのコレクターたちが「一生をかけて集める」ことに近い感覚がある。

なんか散歩の途中で立ち止まって3分間ずっと見てられそう。

それでいい。むしろそのために行く価値がある。からくりが動く時間は平日が12時・15時・18時・20時、土日は10時も加わる。時間を合わせて行くと別物の体験になる。
川崎・京浜工業地帯「本物の機械」の前に立つ


もっと「ガチ」な場所ってある?

川崎。

工場地帯。

京浜工業地帯の夜景は有名だけど、あれを「夜景スポット」として消費するのはもったいないと思ってて。昼間に川沿いを歩いて、巨大なタンクや配管の構造を真下から見上げるのが本番。

スケールが違うよね。

「機械が人間より大きい空間」って、現代ではほとんどない。でも工業地帯は今も現役でそういう空間が続いてる。設備の意味を知らなくていい。あの高さ、あの錆の色、あの熱気の記憶がありそうな配管……それを体で受け取る体験は、スチームパンクの美学の核心に近い。

「機械の前で人間が小さくなる」感覚か。

あのスケールの転倒を、CGじゃなくて実際の空間で体験できるのが川崎の強み。川崎大師から産業道路を歩いてもいいし、工場夜景クルーズで海から見るのもいい。

夜のクルーズ、スチームパンク的に映えそう(笑)。

水面に反射する煙突の炎って、どう見てもスチームパンクの挿絵だよ(笑)。
谷根千「まだ壊れていない古さ」


逆に、もう少しゆっくり歩ける場所は?

谷中・根津・千駄木、いわゆる谷根千エリア。あそこは「壊す理由がなかったから残った場所」なんだよ。

再開発されなかったってこと?

関東大震災も戦災もある程度逃れたエリアが多くて、戦前の建物や路地の形がかなり残ってる。廃墟じゃない。今も人が住んで、商売をしている。

現役の古さ。

スチームパンクで「現役で動いてる古い機械」が美しいように、谷根千は「現役で生きてる古い町」として面白い。銭湯の煙突、狭い路地、木造の建物に蛍光灯の看板……時代がきれいに揃っていない、「混在」の気持ちよさがある。

谷中銀座から夕焼けだんだん、好きだな。

あの階段を降りながら見える路地の奥行きは、本当に「劇場の舞台裏みたい」なんだよね。意図せず美しい場所。

整備されてないのに、整ってる感じがする。

それが「スチームパンク的な秩序」の正体だと思う。誰かがデザインしたわけじゃないのに、長い時間が自然に構成したもの。
横浜・馬車道〜山手「輸入された近代」の層

横浜はどう?

スチームパンク好きが横浜を外すのは難しい(笑)。特に馬車道から元町・山手にかけての一帯。

なんか漠然とレトロって感じはあるんだけど。

横浜の面白さは「洋風が本国を経由せずに日本に直接来た」ことにある。ヨーロッパで流行ったものが東京を通り越して横浜の港に直接上陸して、独自の変形を経て残ってる。

ちょっと歪んだ西洋、みたいな?

そう。正確な西洋じゃない、「日本が解釈した西洋」の建築が並んでる。馬車道の煉瓦建築、旧居留地のアーケード、山手の洋館群……全部が「本物じゃないからこそ面白い」翻訳の産物。

スチームパンク自体が「歴史の翻訳」だもんね。「もし蒸気の時代が続いていたら」っていう。

鋭い。横浜は「翻訳」という行為の痕跡が街ごと残ってる場所として、スチームパンクの文脈で読むと倍面白くなる。

港の方は機械的な感じもあるんじゃない?

大さん橋や赤レンガ倉庫の周辺は、港湾設備の大型クレーンと煉瓦倉庫と現代の客船が一緒に視野に入る場所がある。川崎ほどの迫力はないけど、ちょうどいい「絵になる産業感」がある。
「見るもの」より「見方」を持って歩く

具体的に「これを見ろ」みたいなポイントはある?

場所というより「目の向け方」を変えるといい。たとえば、下ではなく「上を見る」。

上?

ビルの1〜2階部分って現代的に改装されてることが多いんだけど、3階以上はそのまま残ってることがある。看板の文字が消えかかってる、窓枠の形が古い、屋上に錆びた何かが乗ってる……「上の階の時代」が全然違う場所が都市にはたくさんある。

そういえば意識したことなかった。

あと「インフラを追う」のも面白い。電柱から電線がどこへ伸びているか、排水溝の蓋のデザインが町によって違うこと、古い消火栓の形……これ全部、現役のシステムなんだよ。知らないけど機能している機械。

マンホールの蓋ってよく見ると本当にデザインが違うよね。

あれは「地域の産業インフラのシンボル」として作られてる歴史があって、デザインに意味がある。スチームパンク的に言えば、足元にも「読める機械」が埋まってる。

街全体がヴンダーカンマーみたいなものか。

その表現、すごく好き。「なんだこれ?」から始まる発見が、あちこちに埋まってる場所として街を歩く。それがスチームパンク的散歩の楽しいところだと思う。
コラム:速度を落とすだけで、街の解像度が上がる |
現代の移動は「目的地への到達」を最適化するように設計されている。 乗り換えアプリが最速ルートを計算し、地図が現在地を更新し続ける。 でも、そうして効率化されるたびに、「途中」が消えていく。 スチームパンクが蒸気機関に惹かれる理由のひとつは、その「途中の豊かさ」にあるんじゃないかと思う。 煙が出て、音がして、熱が伝わって——機械が動いていることが、全身で感じられた時代。 街を歩くとき、速度を半分にしてみる。 見上げる、立ち止まる、路地に入る。 それだけで、同じ街がまったく違う場所になる。 機械の痕跡も、時代の断層も、ずっとそこにあったのだから。 |
歩いてみたい、スチームパンク的な町
実際に歩いてみると面白い、東京・横浜周辺の5エリア。
神田・秋葉原周辺(東京・千代田区〜台東区)
明治から昭和の鉄骨・煉瓦と現役の街が混在する「機能する迷宮」エリア。旧万世橋駅の高架下を改装したmAAch ecuteは、煉瓦アーチの構造がそのまま商業空間に転用されており、旧ホーム跡からの眺めは特別。神田の古書店街は情報の密度が物理的に見える場所として独特の圧がある。
アクセス:JR神田駅・秋葉原駅、東京メトロ各線
浜離宮・汐留周辺(東京・港区)
日本最初の鉄道発着点「旧新橋停車場」の遺構が、超高層ビルの足元に保存展示されている「時代の断層」エリア。発掘された石積みと現代建築が同じ視野に収まる光景は唯一無二。浜離宮に入ると江戸の庭園越しに高層ビル群が見える、時間の多重露光のような場所。
同エリアの日本テレビタワー2階には、宮崎駿がデザインした「日テレ大時計」がある。スタジオジブリと日テレが6年かけて制作した高さ12m・幅18mのからくり時計で、手作業で叩き出した1228枚の銅板に覆われている。
32箇所の仕掛けが決まった時間に3分間だけ連動し、鍛冶屋のキャラクターが鎚を振り、大砲が煙と水しぶきを噴射する。スチームパンクの美学を公共空間に着地させた存在として、スチームパンク好きなら一度は現地で動く姿を見ておきたい。からくり作動時間は平日12時・15時・18時・20時、土日はこれに10時が加わる(変更の場合あり)
アクセス:JR・東京メトロ新橋駅より徒歩数分、ゆりかもめ・大江戸線汐留駅すぐ
川崎・京浜工業地帯(神奈川・川崎市)
現役の工場設備が川沿いに連なる「本物の機械」の街。大型タンクや配管の構造を真下から見上げる体験は、スケールの感覚を根本から揺さぶる。昼の産業道路沿いの散策と、夜の工場夜景クルーズとで、まったく異なる表情が見られる。「機械が人間より大きい空間」を今も体で確かめられる貴重なエリア。
アクセス:JR川崎駅から産業道路沿いへ徒歩・自転車、または工場夜景クルーズ利用
谷中・根津・千駄木(谷根千)(東京・台東区〜文京区)
戦前の建物や路地の形が現役のまま残る「壊す理由がなかった古さ」のエリア。廃墟ではなく、今も人が住み、商売をしているのがポイント。銭湯の煙突、狭い路地、木造の建物に蛍光灯の看板——誰かが設計したわけではないのに長い時間が自然に構成した空間が続く。谷中銀座から夕焼けだんだんにかけての路地の奥行きは、意図せず演劇的。
アクセス:東京メトロ千代田線 根津駅・千駄木駅
横浜・馬車道〜山手(神奈川・横浜市)
「日本が解釈した西洋」の建築が残る「翻訳の痕跡」エリア。ヨーロッパから東京を通り越して港に直接上陸し、独自の変形を経て根付いた建築群は、正確な西洋でも純粋な和でもない第三の空気を持つ。馬車道の煉瓦アーケード、旧居留地の洋館、大さん橋周辺の港湾設備と赤レンガ倉庫の組み合わせ。スチームパンクが「歴史の翻訳」である以上、横浜は本質的に相性がいい。
アクセス:みなとみらい線 馬車道駅・元町・中華街駅
※散歩は目的地への最短距離より、「上を見る・路地に入る・立ち止まる」を意識するだけで、まったく違う体験になります。
スチームパンク的な散歩がしたくなったら、その先にも続きがある。
「機械の痕跡が気になった」という人へ
街の中の産業遺構を面白いと思ったら、スチームパンクという美学がなぜ「蒸気機関の時代」にこだわるのか、その理由がもう少しわかるはずです。現代の均質なテクノロジーが削ぎ落としたものを、どう取り戻そうとしているのか。基礎から読んでみてください。
「時代が混ざった空間の心地よさ」が気になった人へ
谷根千や横浜山手で感じる「整っていないのに美しい」感覚は、ヴンダーカンマー(驚異の部屋)という16〜17世紀の蒐集文化と深く繋がっています。科学と迷信が同じ棚に並んでいた時代の、知的好奇心のかたちをこちらの対談で。

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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