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ヴンダーカンマー、驚異の部屋ってなに?

  • 執筆者の写真: 日本スチームパンク協会
    日本スチームパンク協会
  • 1 日前
  • 読了時間: 11分
喫茶蒸談第56回タイトルバナー 知れば知るほどスチームパンクが楽しくなると書かれている

喫茶蒸談へようこそ


ヴンダーカンマー


16世紀のヨーロッパで、貴族から菓子職人まで夢中になった、世界をまるごと一部屋に詰め込もうとした試み。自然物、人工物、異国の珍品、科学機器。ジャンルなんて関係なく、「なんだこれ?」と思ったものを並べていく。


今回はそのヴンダーカンマーの歴史と構造を改めて整理していきます。



■この対談に登場するふたり


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MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。


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ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。



ヴンダーカンマーをもう一度整理してみる話

木製のガラスケースに鉱石・化石・骨格標本が並ぶ、暖色照明の博物学的な展示室

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ねえ、前にデル・トロ監督の映像作品の紹介で「驚異の部屋」に触れたじゃない。


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あったね。スチームパンクとの親和性の話のやつ。


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あれ読んでから、ちょっと気になってもっと調べてたんだけど。思ったより深い話でさ。


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そうだね。あのときはざっくり「ヴンダーカンマーとスチームパンクって似てるよね」で終わってたから、今回はもう少し腰を据えて整理してみよう。


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うん。せっかく資料もいろいろ見たし、改めてちゃんと整理したい。


「ヴンダーカンマー」の正式な話


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まず基本から確認したいんだけど、「驚異の部屋」って正式にはなんて呼ぶの?


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ドイツ語で「ヴンダーカンマー(Wunderkammer)」とか「クンストカンマー(Kunstkammer)」って呼ばれてる。"Wunder"が「驚異」、"Kunst"が「芸術・技巧」、"Kammer"が「部屋」ね。


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微妙にニュアンスが違うんだ。


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そう。ヴンダーカンマーが「不思議なものの部屋」なら、クンストカンマーは「技巧のある品を集めた部屋」って感じ。でも実際はほぼ混同して使われてた。


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16〜17世紀のヨーロッパで流行ったやつだよね。


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そうそう。貴族から富裕な市民層まで、広い階層が「なんか珍しいものを集めた部屋」を持つのが一種のステータスになってた時代。


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その中でも特に有名な場所ってどこなの?


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オーストリアのインスブルックにある「アンブラス城」が、今も現存する唯一のオリジナルのクンストカンマーなんだよ。


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「オリジナルのまま」っていうのがポイントなの?


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そう。ほとんどのコレクションはバラバラに売られたり、後に公共の博物館に収められたりしてる。でもアンブラス城は、16世紀にチロル州の大公フェルディナント2世が作った空間が、今もそのまま保存されてる。


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なんかタイムカプセルみたいだね。


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まさに。しかも彼は単に物を集めただけじゃなくて、「展示する専用の建物」を1572年から建設し始めてる。「見せるために集める」っていう発想が、当時としてはかなり先進的だったんだよ。


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それが「世界最古の博物館」って言われる理由か。


5つの分類の話


金細工の器や彫像、装飾品が所狭しと並ぶ、ルネサンス期の工芸コレクション展示室

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ヴンダーカンマーってごちゃごちゃしてるイメージがあったんだけど、実は分類されてたりするの?


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そう、これが面白くて。一見するとカオスに見えるんだけど、ちゃんと「世界を理解するための分類体系」があった。


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どんな分け方?


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主に5つ。「Artificialia(人工物)」「Naturalia(自然物)」「Scientifica(科学機器)」「Exotica(異国品)」「Antiquitates(古代遺物)」。あと「Mirabilia(驚異物)」が加わることもある。


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並べてみると、ほぼ「世界のすべて」をカバーしてるね。


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そうなんだよ。骨董品も、動物標本も、天球儀も、遠い異国の工芸品も、全部が「世界を一つの部屋に収める」という野望のもとに並んでた。


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科学と、芸術と、ちょっと魔術的なものが混在してる感じ?


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まさに「科学と迷信が交差する場所」って表現が一番しっくりくる。未知の現象を合理的に解明したいっていう探究心と、それを「奇跡」として畏れる感性が、同じ棚の上に並んでた時代だから。


「自然の驚異」として記録された人々の話


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アンブラス城のコレクションに肖像画もあるって聞いたんだけど。


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これがね、かなり複雑な話なんだけど。当時は、特異な身体的特徴を持つ人々を「自然の驚異(Naturalia)」として収集対象にしてたんだよ。


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えっ、人を?


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正確には「その人の肖像画」を。たとえば全身多毛症のペトルス・ゴンサルヴスって人は、フランス王の宮廷に送られて医学的研究の対象になって、その後コレクションに加えられた。この病気は後に「アンブラス症候群」って名前で呼ばれるようになってる。


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それはちょっと、現代の感覚だとつらいね。


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そう。当時の好奇心と、現代の倫理の間に大きなギャップがある。あと、顔を槍で貫通されながら生き延びた男の肖像画とか、障害を持つ男性をそのまま描いた絵画とかもある。後者は赤い紙で隠されていて、見る人がそれをめくると衝撃を受けるっていう演出がわざとされてたらしい。


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エンターテイメントとして消費されてたわけか…。


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当時としての「驚異」の定義が、現代とは根本的に違う。そのズレ自体が、この時代を理解するための手がかりにもなってると思う。


コレクターが「貴族だけじゃない」という話


番号札のついた木製の小引き出しが壁一面にびっしりと並ぶ、博物館の標本収納棚

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ヴンダーカンマーって、お金持ちの貴族の趣味のイメージがあったんだけど。


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実は全然そんなことなくて。フランクフルトの記録を見ると、司書、菓子職人、商人、探検家…いろんな職業の人がコレクションを作ってた。


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菓子職人!?


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ヨハン・ヴァレンティン・プレーンって人で、本業で稼いだお金を全部つぎ込んで、32個の折りたたみ式キャビネットに800点以上のミニチュア絵画を収めてた。


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800点って、すごいね。


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あと画商の一族のモルゲンシュテルン家は、45年かけて巨匠の名画を模したミニチュアコピーを205点、自作のキャビネットに並べてる。


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45年…。もはや人生の形そのものがヴンダーカンマーになってる。


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そう、「集める」という行為が生きる軸になってる人たちが、当時たくさんいたんだよね。


機械と「驚異の部屋」の相性の話


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なんか前の記事でもちょっと触れてたけど、スチームパンクとヴンダーカンマーってほんとに相性いいよね。


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かなりいい。当時のコレクションの中に「Scientifica(科学機器)」ってカテゴリーがあって、自動機械(オートマタ)、天球儀、時計なんかも「驚異」の一つとして飾られてたから。


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機械が「不思議なもの」として扱われてた時代ってことか。


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そう。「どうやって動くんだろう?」っていう疑問が先に来る。説明を読む前に、まず「なにこれ?」ってなる体験。


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スチームパンクの美学ってまさにそれだよね。名前も用途もわからない歯車と配管が並んでる感じ。


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「何に使うのか」よりも「なぜここにあるのか?」って問いかけたくなる存在であること、っていう前の記事の表現、あれは本当にヴンダーカンマーの核心を突いてると思う。


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今も「驚異の部屋」ってあるの?


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完全な形では少ないけど、2008年にニューヨーク近代美術館(MoMA)が「Wunderkammer: A Century of Curiosities」って展覧会を開いてる。ダミアン・ハーストやルイーズ・ブルジョワみたいな現代アーティストの作品を、ヴンダーカンマーの文脈で再解釈するっていう試み。


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MoMAがそれをやるんだ。


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現代美術の文脈でも「未知なるもの、異常なもの、美しいものを一つの空間に閉じ込めたい」って欲求は脈々と続いてるんだよ。あと、個人レベルでいうと、こだわりの強い雑貨屋とか、コレクション部屋とかに現代版ヴンダーカンマーの感覚は残ってると思う。


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「統一されてないけど、妙に世界観ある部屋」ってやつね。


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それ。ルールじゃなくて、好みで出来てる空間。



「驚異の部屋」を作るとしたら


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これ改めて整理してみると、自分でも作ってみたくなるよね。


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高価なものじゃなくていいし、ジャンルも揃えなくていい。むしろ揃えちゃいけない。


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最初の一個は何を置く?


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意味がよくわからないけど気になって手放せないもの、じゃないかな。それがたぶん、自分の「驚異の核」になる。


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説明できないけど手元に置きたいもの、か。


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そういうものが一個あれば、あとは自然と引き寄せられていく気がする。並べていくうちに、自分だけの「世界の地図」ができてくる。


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前の記事のコラムで「完全に理解できないものへの憧れと畏れ」って書いたけど、それがまさにヴンダーカンマーの本質だったんだね。


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そう。デル・トロの作品に惹かれる感覚と、16世紀の収集家たちの情熱は、案外同じ根っこにあると思う。


コラム:「分類する前の感覚」を大切に


ヴンダーカンマーには、現代の美術館が切り捨てたものがある。 それは「まだ名前のついていない面白さ」に正直でいる態度だ。


整然と並べられた展示室では、作品はすでに「理解されるべきもの」として提示される。 でもヴンダーカンマーでは、まず「なんだこれ?」という問いが先に来た。 答えは後でいい。いや、答えがなくてもいいかもしれない。


未知なるものへの驚きこそが、知識の入口だと信じていた時代の遺産。 それが、今も私たちをヴンダーカンマーに惹きつける理由かもしれない。


現代の「驚異の部屋」を体験できる場所


インターメディアテク(東京・丸の内)

東京大学が明治10年の開学以来蓄積してきた学術標本を、東京駅前のKITTE 2・3階で常設展示している施設。運営は日本郵便と東京大学総合研究博物館の協働で、入場無料。

解剖学、考古学、生物学、地質学、数学、古生物学、現代美術……と、展示のジャンルに一切の統一感がない。キリンやクジラの骨格標本の隣に数理模型が並び、人体解剖模型の向かいに19世紀の工学機器が置かれている。しかも展示ケースや棚は、帝大時代から実際に教育現場で使われていたもの。空間そのものが「博物学全盛期の研究室に迷い込んだような」気配を持っている。

決まった見学順路がないのもポイントで、興味の赴くまま歩き回るスタイルはそのままヴンダーカンマーの精神に重なる。ショッピングモールの中にあり、ふらりと立ち寄れるのもいい。

  • 住所:東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE 2・3階

  • アクセス:JR東京駅 丸の内南口より徒歩1分、丸ノ内線 東京駅地下道より直結

  • 開館時間:11:00〜18:00(金・土は20:00まで)

  • 休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始

  • 入場料:無料

  • 公式サイト:https://www.intermediatheque.jp/

国立科学博物館(科博)(東京・上野)

1877年創立、500万点以上の資料を保管する日本最大級の自然史・科学技術史博物館。常設展示だけで約25,000点、じっくり見ようとすると2日では足りないといわれる規模を誇る。

「日本館」と「地球館」の2棟からなり、恐竜の骨格標本から昆虫・鉱物・剥製、江戸時代のからくり師・田中久重による万年時計、ガリレオ式望遠鏡のレプリカ、宇宙開発のロケットまでが一続きに並ぶ。Naturalia(自然物)、Scientifica(科学機器)、Antiquitates(古代遺物)が現代のスケールで一棟に詰め込まれた空間は、ヴンダーカンマーの「世界をまるごと一部屋に」という精神の現代的な後継者と言っていい。

1931年建造の日本館はネオルネサンス様式の重要文化財で、建物に入るだけでも時代の空気に包まれる。

  • 住所:東京都台東区上野公園7-20

  • アクセス:JR上野駅 公園口より徒歩約5分

  • 開館時間:9:00〜17:00(最終入館16:30)

  • 休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始

  • 入場料:一般・大学生 630円、高校生以下・65歳以上 無料

  • 公式サイト:https://www.kahaku.go.jp/


CHAMBER OF RAVEN(チェンバーオブレイヴン)(東京・荻窪)


「標本や剥製、アンティーク家具、不思議で美しい調度品が集まった洋館」をコンセプトにした完全予約制のテーマレストラン。世界観の名前は「Mid-Erd(ミッドエルド)」という独自の異世界設定で、ファンタジーが軸にはなっているが、その空間を構成しているのは剥製、骨格標本、考古学的な調度品、重厚なアンティーク家具といった、まごうことなきヴンダーカンマーの構成要素たちだ。


博物館でも雑貨店でもなく「食事と飲み物とともにその空間の中に座る」という体験の形式が面白い。16〜17世紀の蒐集家たちも、自分の部屋に客を招いてコレクションを囲みながら語り合っていた、そう考えると、むしろこのスタイルのほうが当時のヴンダーカンマーの精神に近いかもしれない。


  • 住所:東京都杉並区天沼3-29-10

  • アクセス:JR中央線・総武線/東京メトロ丸ノ内線「荻窪駅」北・西口より徒歩2〜3分

  • 営業時間:土日のみ 12:00〜19:00(18:00 L.O.)/120分制・完全予約制

  • 公式サイト:raven2015.com


※各施設・店舗の情報は変更されることがあります。訪問前に公式サイトでご確認ください。


「驚異の部屋」に惹かれたなら、この記事もおすすめ。


「ジャンルが混ざった空間の心地よさ」が気になった人へ


ヴンダーカンマーに漂う「知的でクラシカルな、ちょっと薄暗い空気」は、ダークアカデミアという現代のスタイルにもつながっています。古書、木の机、羊皮紙の匂いがするような世界観。スチームパンクとも自然に混ざり合うその空気感を、こちらの対談で掘り下げました。



「知識と迷信が交差する空気感」が気になった人へ


ヴンダーカンマーが生まれた16〜17世紀のヨーロッパは、「まだ世界の全体像が見えていなかった時代」でもあります。その時代への憧れと、蒸気機関や機械が発展し続けた"もうひとつの未来"を描くスチームパンクは、実は同じ根っこを持っています。好奇心と技術と物語が交差する世界観を、もう少し掘り下げてみませんか。




一般社団法人スチームパンク協会理事ツダイサオのプロフィール画像

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)

スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中

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