キュウリを入れるジン? ヘンドリックスのちょっと変わった世界
- 日本スチームパンク協会

- 20 時間前
- 読了時間: 9分

喫茶蒸談へようこそ
ヘンドリックス・ジン。バーの棚でよく見かける、あの黒くて丸い薬瓶みたいなボトルのお酒です。透明なボトルが並ぶ中で一本だけ異質な存在感を放っていて、気になったことがある人も多いんじゃないでしょうか。
「キュウリを入れて飲む」と聞いて、思わず「え?」となる人も多い。でもそこにはちゃんと理由があって、製法の話をするとなるほどと腑に落ちる。
今回はそのヘンドリックスがどんなジンなのか、なぜキュウリなのか、そしてこのジンにやたら似合うスチームパンクなバーの話まで、ざっくり話していきます。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
薬瓶みたいなボトルの正体


そういえばこの前バーで、ちょっと変わったジンを見たんだよね。ヘンドリックスっていうやつ。

ああ、あの丸い薬瓶みたいなボトルのやつだね。ジンの中ではかなり有名なブランド。

そうそう、その瓶。ラベルもなんだか古い薬局の瓶みたいで面白かった。普通のジンって細長くて透明なガラスのイメージだったから、ちょっとびっくりした。

あれは意図的にヴィクトリア朝っぽいデザインになってる。ヘンドリックスはスコットランドのジンなんだけど、「Strange Victorian(奇妙なヴィクトリア朝)」っていう世界観をブランドのテーマにしてるんだ。登場したのが1999年で、当時のジンってみんな「透明なガラスに青いラベル」みたいな似たような見た目だったから、黒くて不透明な瓶ってだけで棚の中でものすごく目立った。

奇妙なヴィクトリア朝。なんだかちょっとスチームパンクっぽい響き。

そう感じる人も多いと思う。歯車とか蒸気機関そのものじゃないけど、19世紀の科学趣味とか、ちょっと怪しい研究室みたいな雰囲気がある。広告もシュールな版画とかペニー・ファージング、あの前輪がでかい古い自転車ね、が出てきたりして、「なんだこれ?」ってなる感じが狙いなんだと思う。

確かに。ラベルもなんだか実験器具っぽいし。あの黒い不透明なボトルも、中身が見えないのがかえって気になるよね。

それ、実はすごく計算されてるんだよ。普通のお酒って「透明で純粋」っていうのが美しさの基準みたいになってるじゃない。ウォッカとかまさにそう。ヘンドリックスはそれをあえて「隠す」ことで、中身への想像をかき立てる。見た目からして「これは普通の酒じゃない」って言ってる。

なるほど、ボトルデザイン自体がメッセージになってるんだ。
キュウリとバラ、ジンに入れる理由


しかもこのジン、味も結構ユニークなんだよ。普通のジンってジュニパーベリーの香りが中心だけど、ヘンドリックスはそこにキュウリとバラの香りを加えている。

キュウリ!?

そう。しかも蒸留のあとに後から加えるんだって。加熱すると繊細な香りが飛んじゃうから、敢えて後入れにして「生きた香り」を残す。だからフレッシュでみずみずしい感じがするんだよね。

そんな製法の違いがあるんだ。へー。

蒸留器も面白くて、2種類使い分けてるんだ。一つは150年以上前のクラシックな「ポット・スチル」っていうやつで、ボタニカルを原酒と一緒に煮込んでどっしりした風味を出す。もう一つは「カーターヘッド・スチル」っていうちょっとレアな蒸留器で、こっちは煮込まずに蒸気に当てるだけ。これで繊細でフローラルな成分を引き出す。

2種類をブレンドするの?

そう。で、そのブレンドをしてるのが「レスリー・グレイシー」っていうマスターディスティラーで、面白いのが彼女、フレーバーを「形」として感じるらしいんだよ。「このジンは角がなくて、丸みがある」みたいな感じで。

共感覚ってやつかな。なんだかその感覚すごくわかる気がする、なんとなく。

そうそう。で、その「丸み」を完成させるのがキュウリとバラなんだって。鋭いジュニパーの角をこの二つが包み込んでくれる。

だからキュウリをトニックに入れるのが定番になったのか。

そう。ジントニックに「キュウリのスライスを入れる」のがヘンドリックスの定番の飲み方。ライムとかレモンじゃなくて。バーでキュウリ入りのジントニックを頼んでる人がいたら、たぶんヘンドリックスを飲んでる。

それは初めて知った。ジンってずっとレモンかライムのイメージしかなかったから。
謎めいた宮殿と、ジンの歴史を変えた一本


普通はそうだね。でもヘンドリックスはそこをあえて外して、香りをすごく軽くフレッシュに仕上げてる。実はジン以外の試みも多くて、「キャビネット・オブ・キュリオシティ」っていうシリーズで、バラやキュウリ以外のいろんなボタニカルを使った限定品もどんどん出してる。夏至をテーマにしたフローラルなやつとか、夜の庭園をイメージしたやつとか。

世界観まで徹底してるんだね。蒸留所もヴィクトリア朝っぽいの?

スコットランドのガーヴァンにあるんだけど、「ジン・パレス(ジンの宮殿)」って名前で、外観がまさにヴィクトリア朝の装飾建築みたいな感じ。しかも基本的に非公開で招待制。中には温室があって、地中海や熱帯雨林の植物が育ってるって話で……。

ウィリー・ウォンカの工場みたい。

そのイメージ、かなり近いと思う(笑)。それもブランドとして計算されてる部分はあるんじゃないかな。「謎めいた聖域」みたいな雰囲気が、ジンの物語性を高めてる。

なるほど、見た目が変わってるだけじゃなくて、結構いろんなところで世界観が一貫してるんだね。

そうだね。味、ボトルデザイン、ブランド世界観、製法、蒸留所まで全部まとめて「ちょっと変わったジン」を作ってる。それが1999年に出てきたことで、その後のクラフトジンブームの火付け役になったって言われてる。

2000年頃ってそんなにジンが面白い時代じゃなかったの?

むしろ停滞してた。「ジュニパーが強くてちょっとキツいお酒」っていうイメージで固まってて、若い人には敬遠されがちだった。そこにヘンドリックスが出てきて「ジンってこんなこともできるんだ」って見せたことで、個性的なボタニカルを使うクラフトジンがどんどん増えていった感じ。

ジンの歴史的な転換点になったブランドってこと?

そう言っても過言じゃないと思う。
西荻窪・BAR 88 BASEで、メロン入りのジントニック


今度バーで見つけたらキュウリ入りで頼んでみようかな。

ぜひ。そういえば、西荻窪に「BAR 88 BASE」ってスチームパンクのバーがあって、まさにヘンドリックスの世界観に合う雰囲気なんだよ。

スチームパンクのバー!?それもう絶対行くやつじゃん。

マスターが出してくれるお酒が全部おいしいんだけど、一回ヘンドリックスのジントニックを頼んだときに、キュウリじゃなくてメロンを入れてくれたことがあって。

メロン?それまた予想外な。

最初は「え、大丈夫?」ってなったんだけど、これがめちゃくちゃ合うんだよ。キュウリとメロンって同じウリ科だから、香りの方向性が近いんだよね。ヘンドリックスのキュウリのフレーバーと自然につながって、みずみずしさがさらに広がる感じで。

そっか、ウリ科か。言われてみれば確かにキュウリとメロンって香りが似てる気がする。

そういう遊びができるのもヘンドリックスの面白いところで。定番はキュウリだけど、同じウリ科のフルーツで応用できる。マスターならではの発想だったな。

なんかもう、バーに行く前からちょっとワクワクしてきた。

あのスチームパンクな内装の中でヴィクトリア朝テーマのジンを飲むの、かなりハマる体験だよ。「奇妙なヴィクトリア朝」の世界観を全身で味わえる感じがする。

BAR 88 BASE、絶対行く。ヘンドリックス頼んでメロン入れてもらおう。

……こないだも行ってたよね?

それはそれ!(笑)
BAR 88 BASE(バーハチハチベース)
対談に登場した西荻窪のバー。スチームパンクをコンセプトにした内装はマスターがデザイナーとともに作り上げたもので、その世界観を肴に飲む一杯はまた格別です。
西荻窪駅から徒歩8分。木曜定休、19時〜深夜2時営業。
▶ X(公式アカウント) ▶ 食べログ
ヘンドリックス・ジンについて
ヘンドリックス・ジンは1999年、スコットランドのウィリアム・グラント&サンズ社が発売したプレミアム・ジン。スコットランド南西部のガーヴァンにある「ジン・パレス」と呼ばれる蒸留所で、10名以下の少数精鋭チームによって製造されている。
最大の特徴は、ジュニパーベリーを中心とした11種類のボタニカルを蒸留したあと、ブルガリア産ダマスクローズとオランダ産キュウリのエッセンスを後から加えるという製法。加熱による香りの劣化を防ぐためで、これがヘンドリックス特有のフレッシュでみずみずしい風味を生んでいる。蒸留には150年以上の歴史を持つ2種類の蒸留器を使い分け、そのブレンドはマスターディスティラーのレスリー・グレイシーが担う。
定番の飲み方はキュウリのスライスを添えたジントニック。登場当時は停滞していたジン市場に新風を吹き込み、その後のクラフトジンブームの先駆けとなったブランドとして知られる。
ヘンドリックスが気になったなら、その先にも面白い世界がある。
「スチームパンクなバーで飲むお酒」が気になった人へ
ヴィクトリア朝の美学と蒸気機関の時代が交差する「スチームパンク」という世界観。ヘンドリックスのボトルに感じたあの雰囲気は、実はそこにつながっています。大分むぎ焼酎二階堂の名物CMを入り口に、スチームパンク的な「失われた未来」という感覚を掘り下げた回です。九州の産業遺産についての話も。
「機械の動きが見える」ことが気になった人へ
ヘンドリックスの蒸留器もそうですが、スチームパンクの魅力の根っこには「機械が何をしているか見える」という感覚があります。昔の工場や重機がなぜあんなにワクワクするのか、その感覚を掘り下げた回です。

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
詳しいプロフィールはこちら ▶ プロフィールを見る




コメント