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【第23回】記憶を旅するCM——二階堂とスチームパンクに通じる失われた未来

  • 執筆者の写真: 日本スチームパンク協会
    日本スチームパンク協会
  • 7月23日
  • 読了時間: 9分

更新日:8月1日

喫茶蒸談シリーズのロゴ画像。第23回「記憶を旅するCM——二階堂とスチームパンクに通じる失われた未来」の扉イラスト。

喫茶『蒸談』へようこそ


ここは、湯けむりと風が静かに交わる午後。蒸気の音にまぎれて、誰かの記憶がふと顔を出す。

耳をすませば、あのナレーションが流れてくる。


「どうかタイムマシーンが発明されませんように──」


そう、今日の話題は、大分むぎ焼酎二階堂のCM。

語りすぎず、映しすぎず、それでいて深く心に残るあの世界。


まるで一本の詩のような映像には、“かつてそこにあった未来”が静かに息をしている。


そして、それはスチームパンクの風景ともどこかでつながっている気がしてならないのです。


記憶を旅する午後、少しだけ遠回りして、大分の風景にも立ち寄ってみましょう。


静かな蒸気とともに、まだ残る“止まった時間”をめぐるひととき──

では、椅子の背を少し倒して、お湯の音に耳をすませて。今、記憶の旅がはじまります。



大分むぎ焼酎二階堂』とは


大分むぎ焼酎二階堂は、大分県速見郡日出町の二階堂酒造によって製造されている本格焼酎です。1866年(慶応2年)創業の老舗蔵元で、原料に麦と麦麹のみを用いることで、すっきりとした香りとやさしい味わいを引き出しています。

クセのない飲みやすさで、麦焼酎の代表銘柄として長く親しまれており、1970年代から放映されている映像作品のようなテレビCMでも知られています。風景と音、最小限の語りだけで構成されるそのシリーズは、焼酎という商品の枠を超えて、記憶と感情に訴える表現として高く評価されています。



■この対談に登場するふたり

MaRyの発言アイコン

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。


ツダイサオの発言アイコン

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。



「目を閉じるだけで、あの風景に会える」——記憶を揺さぶるCMの力

MaRyの発言アイコン

二階堂のCMって、やっぱりいいよね。静かな風景と最小限の語りだけなのに、なぜかものすごく記憶に残る。


ツダイサオの発言アイコン

分かる。何十本もあるシリーズだけど、どれも風景と音と声のバランスが絶妙なんだ。音楽も毎回違うのに、それぞれが映像にしっとり馴染んでる。主張しすぎないけど、情感がじわっと染みてくる。


MaRyの発言アイコン

そうそう。なんてことない風景なのに、ふと涙腺が刺激されるときがあるのよね。あれってなんなんだろう…。


ツダイサオの発言アイコン

印象的なナレーションも多いけど、僕が特に好きなのが「どうかタイムマシーンが発明されませんように。目を閉じるだけで十分です」っていう言葉でね。あれを聞いたとき、すごく人間的だなって思ったんだ。


MaRyの発言アイコン

うん、それ、覚えてる。切ないけど、あたたかい感じのする言葉だった。


ツダイサオの発言アイコン

そう、別に“戻りたい”わけじゃないんだよね。もう戻れないってことも分かってるし、あの頃の風景も、自分も、今とは違う。でも目を閉じれば、たしかにそこにあった感情だけは、少し色褪せながらもちゃんと残ってる。その感情を、そっと撫でるように慈しんでる…そういう描写なんだと思う。


MaRyの発言アイコン

なるほど、それはスチームパンクともつながってくるね。過去を再現したいんじゃなくて、過去の“可能性”を今ここで感じてるというか。


“止まった時間”が残る場所——風景に宿るスチームパンクの気配


MaRyの発言アイコン

ところで、あのCMって九州で撮られてることが多いって知ってた?


ツダイサオの発言アイコン

そうなんだよ。九州って実は、産業遺産の宝庫なんだ。旧国鉄の鉄橋、明治・大正期の水路施設、炭鉱跡……“使われなくなった構造物”が、静かな時間をまとって、今もあちこちに残ってる。


MaRyの発言アイコン

なるほど、それってまさに「止まった時間」がそのまま風景になった場所ってことね。


ツダイサオの発言アイコン

しかも、今年は「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されて10周年なんだよ。構成資産のほとんどが九州にあるから、まさにこの地域全体が“失われた近代”の記憶を今に伝えてるとも言える。


MaRyの発言アイコン

じゃあその中でも、大分ってどんな場所があるの?


ツダイサオの発言アイコン

たとえば豊後森の機関庫、別府の温泉蒸気文化、昭和の町……どれも“観光地”というより“過去の気配”に触れる場所なんだ。ちょっと風変わりなスチームパンクの旅にもぴったりだよ。


MaRyの発言アイコン

なるほど、それってまさに「記憶が風景になった」みたいな場所かもね。動いてないのに、どこか機械の気配が残ってる。


ツダイサオの発言アイコン

まさに。スチームパンクって、本来は“19世紀の技術がもし独自の進化を遂げていたら?”っていう想像の世界なんだけど、大分のそういう風景には、現実の中に“別の未来”がかすかに混ざってる気がする。


MaRyの発言アイコン

廃線跡の枕木とか、錆びた鉄骨の階段とか、そういうのを見ると、時間が置いていった道具って感じがするよね。もう動かないんだけど、そこに確かに機能があった記憶が染みついてる。


ツダイサオの発言アイコン

そうなんだよ。「使われなくなった」というより「眠っている」って感じがして。スチームパンクの世界では、そういう“止まった機械”が、またいつか動き出すかもしれないって想像できる。


懐かしいのに、見たことがない——スチームパンク的記憶のかたち


MaRyの発言アイコン

でもさ、ノスタルジーって過去に戻る気持ちじゃない? 一方でスチームパンクって、実際にあったわけじゃない“想像の過去”だったりもするから、不思議と似てるようでちょっと違う気もするんだよね。


ツダイサオの発言アイコン

うん、そこが面白いところ。二階堂のCMが描いてるのは、個人の記憶とか風景への郷愁なんだけど、スチームパンクが触れてるのは、“経験したことのない記憶”なんだよ。実際には見ていないけど、懐かしい気がする。そういう風景や技術の記憶。


MaRyの発言アイコン

それって“自分のものじゃない記憶”を懐かしむってこと? それでも懐かしいって感じるの、不思議だね。


ツダイサオの発言アイコン

そう。スチームパンクって、ある種の「集合的な記憶」に触れてるんだと思う。19世紀の風景とか、蒸気機関の音とか、使い込まれた真鍮の道具とか。誰の記憶ともつかないけど、どこかで共有している感覚がある。


MaRyの発言アイコン

たしかに。それって“失われた未来”に対するノスタルジーなのかもね。 過去を懐かしんでるんじゃなくて、かつて思い描かれていた未来に対する懐かしさ。


ツダイサオの発言アイコン

そう、だから「懐古趣味」ともちょっと違う。スチームパンクって、もう一度やり直すんじゃなくて、もう一度“想像する”ことなんだよね。



存在しないけど確かにある——想像がつなぐ記憶と未来


MaRyの発言アイコン

記憶って不思議だよね。ちゃんと思い出せないのに、たしかに“あった”って信じてる。風景とか、匂いとか、あいまいなままなのに。


ツダイサオの発言アイコン

だからこそ、大分の風景にしても、二階堂のCMにしても、見る人それぞれが“自分の物語”をそこに重ねられるんだと思う。スチームパンクも似ていて、“本当は存在しないのに、心の中にはずっとあったような風景”を見せてくれる。


MaRyの発言アイコン

過去を懐かしむんじゃなくて、“過去を素材に、もう一度未来を想像してみる”——それがスチームパンクなのかもね。


ツダイサオの発言アイコン

そう。タイムマシーンはいらないし、未来予測もいらない。ただ、目を閉じればいい。自分の中にある、思い出せない記憶や、見たことのない未来が、ちゃんとそこにあるんだから。


MaRyの発言アイコン

そう思うと、スチームパンクって、すごく人間らしいジャンルだよね。


ツダイサオの発言アイコン

うん。技術や造形の話に見えて、実は“時間”と“記憶”の話をしているのかもしれないね。


MaRyの発言アイコン

……そう思うと、スチームパンクって本当に奥が深いね。

じゃあ、今回はここまで。


ツダイサオの発言アイコン

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記憶を旅する風景――大分に残る“止まった時間”たち

「どうかタイムマシーンが発明されませんように。目を閉じるだけで十分です。」

大分むぎ焼酎二階堂のCMに登場したこの言葉は、過去へ戻るのではなく、「記憶の中にある風景」をそっと撫でるように慈しむ感覚を描いています。スチームパンクの世界でも、私たちはよく“過去の可能性”に触れます。もう動かない機械や役目を終えた建物たちが、どこかで未来を夢見ていた——そんな気配を、風景のなかに見つけたくなるのです。


ここでは、スチームパンク的なまなざしで旅する、大分の“止まった時間”たちを紹介します。記憶の奥にふと差し込むような、どこか懐かしく、それでいて新しい景色が、きっとあなたにもあるはずです。



◆ 豊後森機関庫と蒸気機関車(玖珠町)

大分県玖珠町にある豊後森機関庫と保存展示されているC58型蒸気機関車。青空の下、半円形に並ぶ機関庫の遺構と黒く重厚な車体が、かつての鉄道の息吹を今に伝える。
画像引用:玖珠町観光協会

山あいに佇む半円形の機関庫と、ひときわ存在感を放つ蒸気機関車。〈ここはかつて蒸気が満ち、時間が交差した場所〉という気配が、今も静かに漂います。誰もいない構内に立つと、エンジンの余熱やオイルの匂いすら蘇るような錯覚さえ覚えます





◆ 別府・鉄輪の地獄蒸し(別府市)

大分といえば別府、別府といえば温泉、温泉といえば蒸気……蒸気といえば、まさにスチームパンク!鉄輪の町では、地面から湧く湯けむりがまるごと“蒸気機関”のよう。木桶と金属蓋で食材を蒸す“地獄蒸し”は、優雅な儀式のようで、心の中で妄想は空中を飛び交う蒸気船へと広がります。気軽な体験ながら、その世界観は紛れもなくスチームパンクの入口です。





◆ 昭和の町(豊後高田市)

昭和30年代の商店街や看板、路地が再現されたこの町は、まるで〈記憶の再構成〉。「どこかで見たことがある」けれど、「ここには実際に行ったことがない」その微妙な違和感は、CMの「目を閉じれば十分」という感覚そのものです。過去へと旅するのではなく、〈もうそこにある風景〉を確かに感じさせてくれます。





◆ 宮原坑跡(三池炭鉱関連施設/大分県北部)

レンガの巻揚機室と鉄骨構造のやぐらが立ち並ぶ、かつて炭鉱の中枢だった空間。ここは技術の粋を集めた施設が、今や静かに朽ちていく〈巨大な時間の化石〉のようです。かつて立ち働いた人々の気配が、大地に溶け込んで残っているかのような重く静かな空気。ここを歩けば、「スチームパンクが見ている未来」は“止まったままの記憶”そのものだと、深く納得させられます。




大分には、これらのように過去のかけらを抱えた風景がそのまま立ち現れる場所が散在しています。スチームパンク的な想像を広げつつ歩けば、ただの観光では得られない「時間との対話」が待っています。



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歯車の回る音が聞こえたら、またここでお会いしましょう。


一般社団法人スチームパンク協会理事ツダイサオのプロフィール画像

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)

スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中

詳しいプロフィールはこちら ▶ プロフィールを見る


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