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緑の妖精と呼ばれた酒「アブサンとスチームパンクの深い縁」

  • 執筆者の写真: 日本スチームパンク協会
    日本スチームパンク協会
  • 1 日前
  • 読了時間: 13分
喫茶蒸談第66回タイトルバナー 知れば知るほどスチームパンクが楽しくなると書かれている

喫茶蒸談へようこそ


ヘンドリックスの回の終わりに、「次のお酒の話もしたいね」という流れになった。

あれから少し時間が経って、今回のテーマが決まった


アブサン


ゴッホが愛し、ランボーが飲み、オスカー・ワイルドがスタイルを語り、スチームパンクのバーには必ずといっていいほど置いてある、あの緑のお酒。なぜ100年近く禁止され続けたのか。


なぜスチームパンカーに好まれるのか。グラスの向こうに、思いのほか長い物語があった。



■この対談に登場するふたり


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MaRy(マリィ):  日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの"ワクワクするところ"を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。


ツダイサオの発言アイコン

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える"解説役"として登場することが多い。


「緑の妖精」との出会い


黒背景に置かれたアブサングラス。カットガラスの足付きグラスに緑色のアブサンが注がれ、縁に穴あきのアブサンスプーンが渡され、角砂糖が乗せられている

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今日はアブサンの話だって聞いて、なんか少しだけ身構えた。


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なんで?


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なんか、怖い印象があって。ゴッホが耳を切り落としたときに飲んでたとか、幻覚が見えるとか……。


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あー、そのイメージね。それ、かなり盛られた話なんだよ。


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え、全部?


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ゴッホがアブサンを飲んでたのは本当。でも「アブサンが幻覚を引き起こした」は現代科学では完全に否定されてる。それに耳の件も、アブサン固有の作用じゃなくて複合的な話。


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じゃあなんであんなに「怖いお酒」のイメージがついたの?


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それがまた面白い話で、結論から言うとワイン農家とアブサンのあいだで起きた、100年越しの「お酒の戦争」が背景にある。


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お酒の戦争(笑)。何それ、聞きたい。


緑の正体—ニガヨモギと蒸留の科学


アブサンの主原料であるニガヨモギ(Artemisia absinthium)の群生。シルバーグリーンの細かく切れ込んだ葉が密集して茂っている

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まずアブサン自体の話から。「ニガヨモギ」を主原料にした蒸留酒で、アルコール度数は45〜74度くらいと高い。色は作り方によって透明なものから深い緑色まで幅があって、あの緑はクロロフィル「葉緑素」からきてる。


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緑のお酒って他にある?


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ほとんどない。蒸留後にハーブをもう一回漬け込んで、その葉緑素が色をつける。ただし光に弱くて、年月が経つと「枯れ葉色」に変わっていく。


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生きてる色なんだ。


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そう。で、この緑のお酒に「グリーン・フェアリー(緑の妖精)」という愛称が生まれた。19世紀後半のパリでは夕方5時頃になるとカフェにみんなが集まってアブサンを飲む習慣があって、その時間帯が「l'heure verte・緑の時間」と呼ばれてた。


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定時があったんだ。


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マドレーヌからバスティーユまで、5時になるとカフェのテラスがこの緑のお酒で埋まる、って記録が残ってる。詩人も画家も哲学者も、みんな同じ時間にアブサンを傾けてた。


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なんかすごくパリっぽいな。


100年の禁酒「ツジョン」という冤罪


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でもそのお酒が禁止になるんだよね?


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そう。1905年から1915年にかけて、スイス、フランス、アメリカと次々に禁止されていく。その理由として掲げられたのが「ツジョン」というニガヨモギに含まれる化合物で、「これが幻覚を起こす」って言われた。


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実際は?


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2008年に発表された化学分析で、19世紀の禁止前アブサン13本を実際に調べたら、ツジョン含有量は現代品とほぼ変わらないことが判明した。つまり「危険な幻覚成分が大量に入ってた」は完全なフィクションだった。


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じゃあなんで禁止になったの?


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三つ理由があって。一つ目は、ちょうどその時代にヨーロッパのブドウ畑が害虫で全滅に近い被害を受けてたこと。ワインとブランデーが作れなくなって、安価なアブサンが爆発的に広まった。で、ブドウ畑が復活したとき、ワイン業界がアブサンを最大の競合として潰しにかかった。


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産業戦争だ。


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二つ目は禁酒運動。三つ目がトドメで、1905年にスイスで農夫が家族を殺害して自殺未遂するという事件が起きて


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怖い。


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その日の飲酒記録を確認すると、ワイン6杯、ブランデー、コーヒーにブランデー入り……と散々飲んだ最後にアブサンを2杯飲んでた。でも世論は「アブサンのせいだ」と決めつけた。3週間で82,000人の禁止請願が集まった。


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最後の一杯だけスケープゴートにされた。


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そう。ワイン業界の圧力、禁酒運動、そして一つのセンセーショナルな事件。三つが重なって、アブサンは「悪魔の酒」として歴史から消えた。


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完全に「政治に巻き込まれた側」だったんだね。


ゴッホが見ていたもの


絵の具チューブ、絵筆、パレットナイフが絵の具で汚れたテーブルに散らばる画家のアトリエ。黄色や青の絵の具が混ざり合い、制作の痕跡が残る
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ゴッホの話、改めて聞かせて。


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ゴッホが弟テオに送った手紙に「気晴らしになるのは、たくさん飲むかパイプ煙草を吸い続けるくらいだ」という一節があって、アルルにいた時期にアブサンを常用していたのは確か。ゴーギャンと共同生活をしていた時期と重なってる。


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ゴーギャンと一緒に飲んでたんだ。


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でも今の医学的な研究では、ゴッホの精神疾患の主因はアブサンではなく、急性間欠性ポルフィリン症という遺伝性の代謝疾患だったと考えられてる。テレピン油を飲もうとして画家仲間に止められた記録があったり、樟脳を枕に詰めて不眠を治そうとした記録があったりして、ちょっと普通とは違う感覚の持ち主だった。


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アブサンだけじゃなくて、もともとそういう人だったってこと。


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そう。でも面白いのが、ゴッホが惹かれた理由として言われる別の視点があって。アブサンには水を加えると透明から乳白色に変わる「ルーシュ」っていう現象がある。


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どういうこと?


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アニスやフェンネルに含まれる精油成分が、水でアルコール濃度が薄まると分離して白く濁る。液体が「生きてるみたいに」変わる瞬間。


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色が変わるの?


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緑がかった透明から、乳白色へ。ゴッホはあの「黄色い光」に異常なほど惹かれていたことで有名だけど、絵描きとして「変化する色彩」への感受性が、このお酒にも向いていたんじゃないかと思う。


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それは確かに画家の感覚だ。


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実際「アブサン・グラスとテーブル」っていう作品を描いてもいる。ゴッホにとっては幻覚のためじゃなくて、色と変容を見るための時間だったのかもしれない。


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怖い話じゃなくて、美しい話になってきた。


儀式としての一杯「アブサン・リチュアル」



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「水を加えると変わる」って、具体的にどうやって飲むの?


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そこがまた独特で。アブサンには「アブサン・リチュアル」と呼ばれる専用の飲み方がある。


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リチュアルって「儀式」ってことだよね。飲み物の話なのに。


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まずアブサン専用グラスに原液を30ml注いで、グラスの縁に「アブサン・スプーン」と呼ばれる穴あきスプーンを渡す。その上に角砂糖を一個乗せて、氷水をゆーっくり一滴ずつ垂らしていく。


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スプーンに穴が開いてるの?


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レース模様みたいな細工が入ってて、穴から水が角砂糖を溶かしながらグラスに落ちる。そのとき、グラスの中でルーシュが起きる。水と原液が混ざる境界線から、じわじわと白く濁っていく。


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うわ、それ絶対きれいだ。


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この工程全体が「アブサンを飲む」という体験になってる。カクテルを作るんじゃなくて、本当に儀式。19世紀のベル・エポック時代、このスプーンのデザインは蝶、葉、エッフェル塔、自由の女神まで数百種類あって、今もコレクター市場があるくらい。


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スプーン一本にそんな世界があるとは。


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専用のファウンテンっていう氷水容器もあって、真鍮とカットガラスで作られた、見た目もかなり凝ったやつ。複数の注ぎ口があって、グループで同時に儀式ができる。


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もうその容器だけでスチームパンクのインテリアになりそう。

「火を付ける」のは本物か



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ちょっと待って、「アブサンに火を付けて飲む」っていうシーンを映画で見た気がするんだけど。


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あー、あれね。あれは「ボヘミアン式」って呼ばれる飲み方なんだけど、実は1990年代のチェコのマーケティングが起源で、19世紀の伝統とは全く関係ない。


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え!?映画でよく見るやつが偽物だったの?


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偽物ってわけじゃないけど、2001年公開の映画『フロム・ヘル』でジョニー・デップが火を付けて飲むシーンがあって、それで世界中に広まった。あと『ムーラン・ルージュ』でも。でも本場フランスやスイスのアブサン愛好家からすると「あれはやめてくれ」って感じらしい。


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なんで?


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加熱すると繊細なハーブの香りが全部飛ぶし、焦げた砂糖の味で上書きされてしまう。それに、なぜ1990年代チェコで生まれたかというと、当時のチェコ製アブサンは質が低くてルーシュ効果が出にくかったから、派手な炎演出で粗悪さを誤魔化すためだったという話もある。


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じゃあ伝統の飲み方とは全然別物なんだ。


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そう。どちらが好きかは人それぞれだと思うけど、「アブサンって火を付けて飲む派手なお酒」というイメージしか知らない人には、一度ルーシュの儀式も体験してほしいなとは思う。あの静かな変容の美しさはまた全然違う体験だから。

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同じお酒で、二つの全然違う世界がある。


スチームパンクとアブサンの深い縁


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で、核心の話を聞きたいんだけど、なんでスチームパンクとアブサンってこんなに相性がいい、というかよく登場するよね?


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これ、実はスチームパンクの世界最大のイベントの一つだった「スチームパンク・ワールズ・フェア」の共同創設者が、アブサンについて面白いことを言ってて。


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なんて言ってたの?


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「アブサンはヴィクトリアン時代の放縦の極みであり、スチームパンクの世界のあらゆる側面において恒常的な存在だ」って。


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「恒常的な存在」。スチームパンクの人から見ると、もうセットなんだね。


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なぜそうなるかを整理すると、まず「時代が重なってる」。アブサンの全盛期が1850〜1910年代のベル・エポック、まさにスチームパンクが舞台にする産業革命の時代と完全に重なる。次に「道具が同じ文脈にある」ということらしい


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スプーンとかファウンテンが?


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真鍮とカットガラスで作られた機械的な美しさ、レース細工のスプーン、複雑な注ぎ口の容器、全部がヴィクトリア朝の工芸品として、スチームパンクの美学そのものなんだよ。それから一番面白い視点が「変容が見える」こと。


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ルーシュのこと?


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スチームパンクが好きなのって、突き詰めると「何かが起きているのが見える」ことだと思う。配管が露出してて蒸気の流れが見える機械、歯車が噛み合う様子。アブサンのルーシュも同じで、化学変化がリアルタイムで目の前に現れる。錬金術みたいな瞬間。


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変容を見るお酒か。それはスチームパンクっぽい。


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そして「禁じられた歴史を持つ」というのも響き合う。スチームパンクって「管理された現代が捨ててきたもの」を取り戻そうとする感覚があるじゃない。アブサンも100年近く禁止されて、それでも復活した。


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禁じられて、忘れられて、蘇った。それ自体がスチームパンク的な物語だ。


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オスカー・ワイルドがアブサンについてこんなことを言ってる。「最初の一杯では物事を望む通りに見、二杯目では実際とは違って見る。そして三杯目では物事を本当のままに見るが、それが世界で最も恐ろしいことだ」って。


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かっこいい……。


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ワイルドはスチームパンクが大好きな「奇妙なヴィクトリア朝」の住人そのものだから、このお酒との相性は当然といえば当然なんだけど。


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「三杯目の真実」がいちばん恐ろしい、か。一杯目から飲んでみたくなってきた。


解禁と復活――91年ぶりの一杯


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今は普通に飲めるんだよね?


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うん。解禁の話がまたドラマチックで。スイスは1910年に禁止したんだけど、2001年10月10日に、ある蒸留家がスイス・クーヴェで禁止後91年と3日目にして最初の500リットルを合法販売した。


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91年


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ちなみにクーヴェっていうのはアブサン発祥の地なんだよ。禁止された場所と同じ場所で、90年越しに復活した。


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それは確かに感慨深い。


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2005年にスイスが正式に解禁して、今ではクーヴェ周辺に20以上のマイクロ蒸留所がある。フランスも2011年に「アブサン」という名前の使用を正式に再認可した。


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ヘンドリックスがクラフトジンブームを牽引したみたいに、アブサンもクラフト化が進んでるんだ。


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しかも面白いのが、禁止期間に「本来の製法」の研究が進んで、現代のアブサンの方が19世紀の本物に近いって言う人もいる。19世紀のヴィンテージをあえて入手して化学分析して、当時のレシピを再現したクラフト蒸留所まである。


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一回消えて、より純粋な形で戻ってきた。


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そして日本も実は無関係じゃなくて、国産のクラフトアブサンがここ数年で相次いで出てきてる。岐阜の蒸留所では自家栽培のニガヨモギを使って、水を入れると青から白濁する変わり種まである。


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青が白になるの?バタフライピーみたいな。


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そう、バタフライピーの花を使ってる。ルーシュのバリエーションみたいなものだね。


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日本でも進化してるんだ。


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東京でも恵比寿や銀座にアブサン専門バーがあって、100種類以上を揃えてるところもある。


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絶対行く。できれば伝統の儀式の飲み方で、ルーシュをちゃんと見てみたい。


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スチームパンクなバーで飲むなら、西荻のBAR 88 BASEにもアブサンはあるよ。あの内装の雰囲気の中で飲むだけで、それだけで絵になる。


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飲み方は?


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マスターいわく、ストレートかロックが基本で、トニックウォーターで割るのもおすすめだって。


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トニックウォーターで割るのか。爽やかになりそう。


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ハーブの香りが立ちやすくなるんだよね。難しいことを考えずに飲みたい夜には向いてると思う。あの内装を眺めながら一杯やるだけで、十分スチームパンク体験になる。


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それはもう行くしかない(笑)。ゴッホじゃないけど、あの空間で一杯。


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インスピレーション込みでね。


アブサンについて


アブサンは18世紀末にスイスで生まれたとされる蒸留酒。ニガヨモギ(Artemisia absinthium)を主原料に、アニス、フェンネルをはじめとした複数のハーブを蒸留し、アルコール度数は45〜74度。


蒸留後にさらにハーブを漬け込む製法によって独特の緑色が生まれ、「グリーン・フェアリー(緑の妖精)」の愛称と「l'heure verte(緑の時間)」という文化を19世紀パリに育てた。


ゴッホ、ランボー、ヴェルレーヌ、ピカソ、オスカー・ワイルド、ヘミングウェイらが愛飲したことが記録されており、ベル・エポック時代の芸術家文化と切り離せない存在。水を加えると透明から乳白色へと変わる「ルーシュ」現象と、専用スプーン・グラス・ファウンテンを使った独自のリチュアルが特徴。


20世紀初頭、ワイン業界のロビー活動と禁酒運動を背景に多くの国で禁止されたが、現代の化学分析では当時の「ツジョンによる幻覚」説は否定されている。2001年のスイスでの復活を皮切りに各国で解禁が進み、現在はクラフト系蒸留所による高品質なアブサンが世界中で作られている。日本でも岐阜・東京・鹿児島など各地で国産クラフトアブサンが登場している。


アブサンが気になったなら、その先にも面白い世界がある。


「ヘンドリックスの回」を読んでいない人へ


スチームパンクと深い縁を持つお酒という文脈で、前回はスコットランド産ジン「ヘンドリックス」を取り上げました。薬瓶めいたボトルデザイン、キュウリとバラという異端の香り、「奇妙なヴィクトリア朝」というブランド哲学。アブサンと並べて読むと、スチームパンクとお酒の関係がより立体的に見えてきます。



「機械の動きが見える」ことが気になった人へ


アブサンの「変容が見える」という感覚。あれは、スチームパンクが機械の内部を見せることへのこだわりと同じ根を持っています。配管が見え、歯車が噛み合い、どこに力が伝わるかが見える機械への愛着を掘り下げた回です。



対談に登場したスチームパンクなバーへ


記事に登場した西荻窪のBAR 88 BASE。スチームパンクをコンセプトにした内装の中で、アブサンを一杯。





ファウンテンの儀式を体験したい人へ


伝統的なアブサン・リチュアル―ファウンテンから氷水を垂らし、ルーシュが生まれる瞬間を見たいなら、都内の専門バーへ。


Bar Tram(恵比寿) アブサンと世界の薬草酒の専門バー。アブサンファウンテンを使った伝統的な儀式が体験できる、日本のアブサン文化の草分け的存在。無休、19時〜深夜2時(金土は深夜3時)営業。



Vanilla Var(東銀座) 東銀座の路地裏にある本格アブサンバー。200種以上のアブサンを揃え、ファウンテンによる伝統的なドリップスタイルで提供。「アブサンの聖地」と呼ぶ愛好家も多い。



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一般社団法人スチームパンク協会理事ツダイサオのプロフィール画像

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)


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