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機関車を正面衝突させる見世物があった時代の話

  • 執筆者の写真: 日本スチームパンク協会
    日本スチームパンク協会
  • 1 分前
  • 読了時間: 6分
喫茶蒸談第50回タイトルバナー 知れば知るほどスチームパンクが楽しくなると書かれている


喫茶蒸談へようこそ


Crash at Crushは、1896年にアメリカ・テキサス州で開催された公開イベントで蒸気機関車2両を意図的に正面衝突させる催しでした。このイベントは事故ではなく、鉄道会社によって事前に計画・告知され、約4万人の観客を集めました。


Crash at Crushは、19世紀末から20世紀初頭にかけて各地で行われていた「機関車衝突ショー」と呼ばれる娯楽文化の中でも、特に規模と記録が残っている事例として知られています。



■この対談に登場するふたり


MaRyの発言アイコン

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。


ツダイサオの発言アイコン

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。



昔、機関車をぶつけるイベントがあったらしい

実際に行われた機関車衝突イベントの様子-1930年代
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ねえ、ちょっと前に聞いたんだけどさ。昔、機関車をわざとぶつけるイベントがあったらしいよ。


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ああ、あるね。


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え、即答なんだ。


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実際にやってた。しかも一回だけじゃない。


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待って、ちょっと想像が追いつかないんだけど。事故じゃなくて?


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事故じゃない。最初から「ぶつける」予定のショー


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それって、いつの時代の話?


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19世紀の終わりから20世紀の初め。有名なのが1896年にテキサス州で行われたCrash at Crushっていうイベント。


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そこで初めて名前が出てくるんだ。


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そう。だから名前だけ聞くと「大事故」っぽいけど実際はイベント名。


Crash at Crush は、一回だけじゃなかった


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でもさ、そんなの一回やったら終わりじゃない?


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普通はそう思うよね。でも実は、同じような機関車衝突ショーは各地で何度も行われてた


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何度も……?


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資料を見ると、1896年から1932年までに100回以上確認されてる。


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え、それもう文化じゃん。でもさ、なんでそんなこと思いつくの?


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理由はシンプルで、当時新しい大型機関車が出てきて単純に古い機関車が大量に余った


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処分問題。


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そう。スクラップにする前に「せっかくだから見せ物にしよう」という発想。


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発想が直線的すぎる。


やり方にも「お約束」があった


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毎回、適当にぶつけてたわけじゃないんだよね?


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むしろ逆で、だいたい決まったフォーマットがあったらしい。


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ちゃんとしたショーだ。


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直線の線路を敷いて、両端から機関車を走らせる。衝突直前に運転士が飛び降りて無人同士で正面衝突。


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映像で見てみたいような、見たくないような。


Crash at Crush が特別になった理由


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その中でも、Crash at Crushが有名なのはどうして?


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規模が違った。イベントのために「クラッシュ」っていう臨時の町まで作ったんだ。


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町ごと!?


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観客は4万人以上。完全にお祭りだった。


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……で、うまくいかなかった。


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衝突の衝撃でボイラーが爆発した。金属片が観客席まで飛んで死者と重傷者が出た。


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急に空気変わるね。さすがに、これで終わったんじゃない?


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ところが終わらない。このジャンルを仕事として続けた人まで出てくる。


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もう職業病だ。


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通称「ヘッドオン・ジョー」。1932年までに73回、146両の機関車を衝突させてる。


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じゃあ、なんで今は聞かないんだろう。


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世界恐慌と技術の変化。「壊すためのイベント」を続ける余裕がなくなったんだ。


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最初は都市伝説みたいな話だと思ってた。


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でも、ちゃんと記録が残ってる。本当にあった出来事なんだよね。


MaRyの発言アイコン

知ると、印象変わるね。


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うん。それだけで十分面白い話だと思う。


機関車衝突ショーのはじまりと終わり


対談で触れたCrash at Crushは、突発的な珍事件ではなく19世紀末から20世紀初頭にかけて実在した娯楽文化の一部でした。ここでは流れだけを簡単に整理しておきます。


機関車衝突ショー年表(簡易)

1890年代前半

鉄道技術の進歩により、新型の大型蒸気機関車が登場。旧式機関車が各地で余剰となる。

1896年

テキサス州で Crash at Crush 開催。大規模な公開衝突イベントとして注目を集めるが、ボイラー爆発により死傷者が出る事故となる。

1896年〜1900年代初頭

各地の州博覧会やフェアで、機関車正面衝突ショーが繰り返し開催される。この時点で、すでに定型化された演出が確立。

1900年代〜1920年代

衝突ショーを専門に請け負う興行者が登場。イベントは「特別な一回」ではなく、巡業型の見世物として定着。

1930年代初頭


世界恐慌の影響により、価値ある機械を破壊する娯楽が成立しなくなる。蒸気機関車の主役交代も進み、衝突ショーは姿を消す。


機関車衝突ショーは今の感覚では信じがたい催しですが、確かに「そういう時代の娯楽」として存在していました。Crash at Crushはその流れの中でたまたま最も有名になった一例です。

なぜ、映画は「衝突」を撮り続けたのか

機関車衝突ショーは1930年代に姿を消しますが、「巨大な乗り物が衝突・破壊される瞬間」を見たい、という欲求自体は消えませんでした。その受け皿になったのが、映画です。



映画による「衝突ショー」の引き継ぎ

19世紀末の衝突イベントは、初期映画人に強い影響を与えました。実際に、トーマス・エジソンは Crash at Crush にカメラマンを派遣しており、その流れの中で、1904年には衝突を題材にした短編映画The Railroad Smash-Up が制作されています。


やがて映画は、「本当に壊す」「本物をぶつける」ことで観客を驚かせるメディアになっていきます。たとえばバスター・キートン主演の The General(邦題『キートンの大列車追跡』)では、実物の蒸気機関車が川に落とされるシーンが撮影されました。これは、衝突ショーの興奮をスクリーン上で再現した例のひとつです。



壊れる主役が変わっただけ

20世紀中盤になると、アメリカ社会は「鉄道の国」から「自動車の国」へ移ります。それに伴い、破壊の主役も機関車から自動車へ。


  • 機関車衝突ショー

  • 映画での列車事故・大規模破壊

  • デモリション・ダービー

  • ハリウッド映画のカークラッシュ


対象は変わっても、「巨大な乗り物が制御を失う瞬間を、安全な場所から見る」という構図は、ほとんど変わっていません。



Crash at Crush は、単なる奇妙な歴史事件ではなく、後の映像文化へと静かにつながっていく起点でもありました。次に映画で派手なカークラッシュを見るとき、そのずっと前に、機関車をぶつけていた時代があったことを、ふと思い出してもいいのかもしれません。


同じ時代、別の風景も見てみる


1896年という時代はただ奇妙なイベントがあっただけではありません。蒸気が都市を動かし、電気が新しい未来を照らし始めた頃。そんな背景をのぞいてみるとCrash at Crush もまた、時代の一断面だったことが見えてきます。


同じ時代の、少し違う角度からの記録もあわせてどうぞ。




一般社団法人スチームパンク協会理事ツダイサオのプロフィール画像

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)

スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中

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