【第40回】作業服の歴史と産業革命、そしてスチームパンクの“構造美”
- 日本スチームパンク協会

- 4 日前
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喫茶蒸談へようこそ
― 日常に溶け込むワークウェアと、蒸気世界 ―
気付けば、街にはワークウェアがあふれている。カーゴパンツ、オーバーオール、エンジニアブーツ──。もともとは現場のために生まれた“作業着”が、いつの間にか日常の服として溶け込んでいる。
なぜ、作業服はここまで私たちの生活に馴染んだのか?そして、その背景にある“産業革命のデザイン”は、なぜスチームパンクとこんなにも相性がいいのか。
軽い気持ちで読み始めて、気づいたら19世紀の工場と蒸気世界を行き来している──そんな小さな時間旅行へ、ようこそ。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
1章 気づかないうちに身近にあるワークウェア


この前ふと思ったんだけど、ワークウェアって、私たちの生活にめちゃくちゃ馴染んでるよね。 たとえばカーゴパンツとかオーバーオールとか、デニムもそうだし、意識しないで着てるけど、全部もともと作業服だったんだなって。

うん。面白いのは、“作業着の名残を意識しないまま”普段着として定着してることなんだよね。 デザインとして自然に受け入れられているというか。カーゴパンツなんてまさにそうで、あれはもともと貨物船の乗組員が作業用に履いていたのが起源なんだ。 太ももの大きなポケットは、両手を使いながら工具や小物を持ち運べるように考えられたもの。 あのゆったりした形も、狭い船内で動きやすいように設計されてた。

へえ〜、あれが船の中から始まったなんて想像してなかった、必要だったから生まれた形なんだね。

そうそう。 実用性から生まれた形って、時間が経つほど説得力が出るんだよ。 デニムもそうだし、オーバーオールも、最初は働くための服。でも今は“ちょっと無骨でかわいい”とか“安心感のあるシルエット”として好まれてる。

ワークブーツなんかもそんな感じ?

まさに。 ワークブーツって、もとは釘や金属片を踏んでも足を守れるように作られた“防具”なんだよね。ソールを厚くして、つま先には落下物から守るための先芯と呼ばれるカップが内蔵されてる。特にエンジニアブーツは象徴的で、紐がなくて、くるぶしとふくらはぎをベルトで留めるあの形。紐が機械に巻き込まれないようにという安全面から、あのすっきりしたシルエットになったんだ。

あれって、完全に作業用の形だったのか。

最初は造船の作業員や鉄道の技師が履いていたと言われていて、“火花と鉄骨の世界”で必要だった形なんだよね。それが1950年代に映画の影響でバイク文化と結びついて、「ライダース+デニム+エンジニアブーツ」という反骨スタイルが定番化した。そこから“ファッションの象徴”へと変わっていった。

現場のための靴が、カルチャーの象徴になっていくのって面白いね。

そうなんだよ。本来の目的は忘れられていくけど、“形の説得力”は残る。これってスチームパンクの装飾にもすごく近い。たとえば意味のなくなった歯車だって、デザインとして残ることで“機構の美しさ”を象徴する。ワークウェアも同じで、実用のための形が、時代を超えて普遍的なデザインになっていった。

ワークウェアってただの作業着じゃなかったんだね。“過去の技術や現場のリアリティ”が、そのまま服に残ってる感じがすごく面白い。

うん。 気づかないうちに、私たちは産業の歴史や現場の知恵を身にまとってるんだよ。それがワークウェアの魅力でもあり、スチームパンクとの橋渡しにもなる部分なんだと思う。
2章 産業革命と “作業着がデザインになる” 瞬間


ワークウェアって「必要だからそうなった」っていう理由が全部はっきりしてるよね。じゃあ産業革命のころの“現場”って、どれくらい服に影響してたの?

すごく影響してた。産業革命って、ざっくり言うと“人力から機械へ”社会が切り替わった時代なんだけど、服もそれに合わせて一気に変わっていった。蒸気機関、鉄工所、織機、造船……どれも危険と隣り合わせで、服は“身を守る道具”になったんだよね。

なるほど。たしかに火花と鉄の世界だと、服の役割が全然違うね。

たとえば、産業革命の工場はとにかく暑い。 蒸気機関は巨大なボイラーで圧をかけるから、室内温度は今で言うサウナ級。そこで軽くて丈夫なコットンが重宝されて、ワークシャツの基礎になる。

軽くて動きやすいのが正義ってことか。

そう。さらに機械油が飛ぶから、洗えて乾きやすい素材が必要になる。そこから「耐久性とメンテナンス性」っていうワークウェアの価値観が定着していった。あと、鉄工所の火花から身を守るためにはレザーが有効で、それが作業用エプロンやグローブにつながる。あれも“職人の象徴のファッション”じゃなくて、命を守るためのリアルなんだよね。

実用からそのままデザインが定着していく感じ、スチームパンクの構造とも似てる。さっきのカーゴパンツの話もそうだけど、ポケットって現場で“必要な場所”に作られてるんだよね?

その通りで、ポケットの位置って“仕事の動作”そのものなんだよ。例えば左胸のペン差しは、図面を書く技師のため、ハンマーループは大工のため、太もものポケットは歩きながら道具を取り出すため、つまり、ひとつひとつの配置に“手の動きの意味”が残っている。

動作の痕跡が服の形として残ってるって、なんかロマンがある。

そう、まさに“人の動きが作ったデザイン” これが現代のファッションにも引き継がれてるのが面白いんだよ。

ワークウェアって金具が多いイメージがある。

それも現場の事情だね。たとえばデニムのリベットは、ポケットの角が破けないようにした補強具。鉄工所では引っ張られながら作業することが多いから、縫い目が強化されていく。あと金属ボタンは“熱と油に強い”という理由から採用された。プラスチックなんてまだ存在しないから、熱に溶けない素材が必要だったんだよ。

つまり、意匠じゃなくて“生きるための構造”それが結果的に美しい。

そう。スチームパンクにおける真鍮の金具やリベットの装飾は、この歴史の名残を“誇張してアートにしたもの”なんだよね。

ワークウェアって、色味も独特だよね。ブラウン、ネイビー、オリーブとか。

それも理由があって、油汚れが目立たない、洗っても退色しにくい、軍や工場で大量生産しやすいという実用的な目的から生まれた色なんだ。とくにネイビーのインディゴは、耐久性があって洗うほど風合いが出る。だからデニムは“汚れるほど味が出る”という現象が起きる。

わざわざ「ダメージ加工」がある理由もそこから来てるんだね。

人が働いた痕跡=美しさになっていった。これはスチームパンクの“使い込まれた真鍮や革の魅力”ともつながってる。

こうやって聞くと、産業革命って“服の機能がデザインに直結していた時代”なんだね。

まさにそう。デザインのためのデザインじゃなくて、「現場に必要だからこうなった」という理由がすべてにある。機械の形が機能から決まるのと同じで、服の形もまた機能から決まる。 その名残が、今でも私たちの日常に残っている。

そしてその“意味のある形”が、現代ではファッションとして魅力になってる。ワークウェアって、ただの作業着じゃなくて歴史そのものなんだね。

そう、産業のリアリティが服として残っている。スチームパンクがそこに惹かれるのも自然な話なんだよ。
3章 ワークウェアはなぜ“ファッション”になったのか?


ワークウェアって、最初は現場で働くための服だったんだよね。それがいつの間にか街のファッションになってる。この“変化の瞬間”っていつ起きたんだろう?

大きな流れで言うと、20世紀前半のアメリカがターニングポイントだね。工場や鉄道で働く労働者の服が、“タフで無骨な美しさ”として広がり始めた。特に影響が大きかったのが映画だよ。たとえばジーンズ。もともとは鉱夫や農夫のための作業服だったのに、ジェームズ・ディーンやマーロン・ブランドみたいなスターが穿いたことで、一気に“若者の象徴”になった。

あー、あの“反抗的なかっこよさ” 映画から一気に広まるのは想像できる。

その通り。1950年代の映画で描かれた“自由と反骨”のイメージと、ワークウェアの無骨さが重なったんだよね。バイク文化でも同じで、エンジニアブーツが現場からストリートへ飛び出したのは、映画『The Wild One』の影響が大きい。バイクに跨って、デニムにライダースにブーツ。このスタイルが“生き方そのもの”として若者に刺さった。

作業着が“自分の生き方の象徴”になっちゃうの、すごいね。

もうひとつ重要なのは、戦後のアメリカで“労働者像のヒーロー化”が起きたこと。工場や鉄道を支えた労働者が国の復興を象徴して、“ワーカー=誠実でタフでかっこいい”というイメージが浸透した。
そのため彼らのユニフォームだった、デニム、ワークシャツ、オーバーオール、ワークブーツが、若者文化にも受け継がれていった。

ファッションというより、ライフスタイルのイメージとして広がったんだね。でも、なんで作業着の“無骨さ”がそんなに魅力になったんだろう?

それは、ワークウェアには“本物のために作られた服”という説得力があるからだと思うよ。装飾ではなく、全部に理由がある。無駄がなくて、丈夫で、長く使える。戦後の大量生産が進んでも、この“本物らしさ”は逆に特別な価値になった。

さらに時代が進むと、ワークウェアはストリート文化に再発見されるようになる。修理しやすくて動きやすいのはもちろん、ワークウェアの“丈夫さ”が日常のハードな使い方に耐えられたから。

そうか、ストリートのラフな生活と相性が良かったんだ。

こうして振り返ると、ワークウェアは“作業着だからダサい”という発想よりも、“機能のために洗練された形だから美しい”という価値観で受け継がれてきたんだよね。今ではオーバーオールもカーゴパンツも、「普通にかっこいい」という評価が当たり前になった。

たしかに、もはやカテゴリーとして「ワークウェア」はファッションそのものになってるよね。

しかもワークウェアは“現場の知恵”が詰まってるから、流行とは別軸で存在し続ける。流行り廃りがあっても、必ず戻ってくる。
4章 スチームパンクとワークウェアの “構造美”


思ったんだけど…… ワークウェアの話を聞けば聞くほど、スチームパンクとすごく相性がいい気がしてきたよ。でも、実用一点張りのワークウェアと、空想寄りのスチームパンクって、根本的には別ものだよね?

うん、別ものではあるんだけど、実は重なっている部分がとても多いんだ。特に“構造美”という点で。

スチームパンクって、実際に動くかどうかより、“動きそうに見える構造”があるとグッと雰囲気が出るよね。一方でワークウェアは、実際に役に立つ構造が残った服。でも、現代の私たちが着ているときには、その構造自体が“物語的な記号”として働いている。

あ、わかる。“これは昔こう使われていたんだろうな” と想像できる瞬間が、どっちにもあるもんね。

そう。ワークウェアのポケットひとつにも作業のストーリーがあるし、スチームパンクのバルブひとつにも“用途があったはずの雰囲気”がある。機能がある、ないではなく、機能が“ありそう”な形に魅力が宿るという点で同じ方向を向いている。

ワークウェアって、“仕事の痕跡”が形に残ってるよね。ハンマーループとか、膝の補強とか。

あれは人の動きがそのままデザインに刻まれてる。それに対してスチームパンクは、“機械の動き”の痕跡がデザインに残る。両方とも、“使われた気配”が造形を強くしてるんだ。

ああ、その“気配”があると、服とか装備に説得力が出るんだね。

動かない歯車があっても、そこに「かつては何かとつながっていたんじゃないか?」と想像できる痕跡があれば十分成立する。実用と空想の境界を楽しむのが、スチームパンクの魅力なんだ。
5章 スチームパンク世界の作業服を考えるなら


ここまでワークウェアの歴史とスチームパンクの共通点を見てきたけど……もし19世紀の蒸気世界が本当に続いていたら、そこに“作業着”ってどんな風に存在してたんだろうね?

スチームパンクの現場は、蒸気管やボイラーがそこら中を走ってる世界だよね。だからまず必要なのは、耐熱と保護。現実の鉄工所の作業着に近くて、厚手の革製ガードや袖口を覆うパッドが標準装備になっていたかもしれない。

あー、それかっこいい。革のアームガードとか、絶対似合う!

しかもそれが“装飾っぽく見えてしまう”のがスチームパンクなんだよね。本来は安全のためなのに、見た目も良いという。そしてワークウェアの本質と言えば“道具を持ち歩く服”。スチームパンク世界でも、きっと小型ゲージを読むための工具とか、バルブを調整するための鍵、計器の交換パーツみたいなものを常に携帯するはず。だから太ももには細長い工具ポケット、胸元には小さな圧力計用のポーチがついてたりしたかもしれない。

あ、それ絶対かわいいやつだ!機械職人の胸ポケットに、小さな計器がちょこんと入ってるイメージ浮かぶ。

もうひとつ考えられるのは、服自体が“蒸気文化に合わせて進化した”可能性だね。蒸気が噴き出す現場で働くなら、熱こもりを防ぐ通気用のベンチレーションホールや、蒸気を逃がす金具が服に組み込まれていたかもしれない。

うわ、それめっちゃスチームパンクだ。現実の作業着にはないけど、ありそうな雰囲気のやつね。

そう、“ありそう”が大事。実用と空想の境目にあるデザインが、スチームパンクらしい仕上がりになる。あと足元はやっぱりエンジニアブーツ系の流れになると思う。火花や落下物から足を守れて、紐がなくて、ベルトで締められる構造。そのままスチームパンク世界でも採用されていて不思議じゃない。

世界が違っても、構造が必要になるのは同じなんだね。

そう、実用の理由が強いものは別世界でも生き残る。だからスチームパンクの職人も、現実の職人も、おそらく同じ“構造の靴”を履いて仕事していたはずなんだよ。

そう考えると、スチームパンク世界でも作業着がファッション化したりするのかな?

絶対あると思う。もともとワークウェアって、実用のために洗練された形だから、世界観が変わっても魅力が残る。蒸気文化の街角にも、“職人スタイル”を真似した若者が出てきたりしたかもしれない。

絶対いるでしょそれ(笑)本物の職人が困るやつ。

どの世界でも職人は困るんだよ(笑)でも同時に、その文化が広がっていく証でもある。

今日の話で、スチームパンクのワークウェアって想像以上に“リアルの延長”なんだなってわかったよ。

スチームパンク世界の作業着は、現実の産業革命で生まれたワークウェアと構造の考え方がほとんど同じだと思う。必要だから形が決まり、職人が動いて、素材が育っていく。そこに少し空想が加わるだけで、独特の世界の服になる。

実用と空想の中間にある服……めちゃくちゃ魅力的じゃん。

ワークウェアとスチームパンクは“構造の美しさ”という共通点でつながっている。その延長で想像していくと、蒸気世界の作業着は自然に形になっていくんだよ。

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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