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万博とスチームパンク|水晶宮とエッフェル塔が生んだ「進歩を見せる」という発明

執筆者の写真: 日本スチームパンク協会
日本スチームパンク協会
7 時間前
読了時間: 11分
スチームパンク対談シリーズ「喫茶蒸談(STEAMOGRAPHY)」のシリーズ共通カード。第80回喫茶蒸談 今回は日本のスチームパンク小説についてを扱う

喫茶蒸談へようこそ


先日、万博記念公園で太陽の塔を見てきた。あの巨大な塔の内部に入り、生命の樹を見上げながら考えていたのは、そもそも万博とは何なのか、ということだった。辿っていくと1851年のロンドンに行き着く。世界初の万国博覧会と、その会場となった鉄とガラスの宮殿。スチームパンクが描く世界の華やかさは、実はこの場所から始まっている。



■この対談に登場するふたり


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MaRy(マリィ):  日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの"ワクワクするところ"を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。


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ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える"解説役"として登場することが多い。


太陽の塔の中で考えていたこと

青空の下、芝生の公園に立つ巨大な太陽の塔。赤い稲妻模様と顔の意匠があり、未来的で印象的。

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この前、大阪に行ったとき太陽の塔の中に入ったでしょ。あれ、すごかったね。


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生命の樹ね。高さ41メートルの巨大なオブジェに、単細胞生物から人類まで、生命の進化の過程がびっしり貼りついてる。あの空間に入ると、自分が巨大な生き物の体内にいるような感覚になる。


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岡本太郎が「生命の樹は太陽の塔の血流で、内壁のひだは脳のひだだ」って言ってたんだよね。


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そう。で、僕はあれを見上げながら、ちょっと別のことを考えてたんだ。


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別のこと?


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そもそも万博って、何をする場所なんだろうって。あれだけの規模で、国を挙げて、世界中から人を集めて。いったい何のためにやってるんだろうと。


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言われてみると、考えたことなかったかも。


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答えは、19世紀にあるんだよ。しかもそれは、スチームパンクの世界観とまっすぐ繋がってる。



太陽の塔(1970年大阪万博)の内部には高さ41メートルの「生命の樹」があり、生命の進化の過程が表現されている。万博という制度の起源は19世紀に遡り、スチームパンクの世界観とも接続する。


1851年、すべては鉄とガラスの宮殿から始まった


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19世紀の万博って、どんなだったの?


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世界で最初の万国博覧会は、1851年のロンドンなんだ。正式名称は「万国産業製品大博覧会」。ヴィクトリア女王の夫であるアルバート公が中心になって開催された。


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ヴィクトリア朝だ。まさにスチームパンクの時代じゃん。


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そこなんだよ。当時のイギリスは産業革命の真っ只中で、世界の工場と呼ばれる圧倒的な工業力を持ってた。その力を世界に見せつけるための舞台が、この万博だったわけ。


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会場はどんなところだったの?


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ハイドパークに建てられた、鉄とガラスでできた巨大な建物。あまりに美しかったから、水晶宮、クリスタル・パレスと呼ばれた。設計したのはジョセフ・パクストンという、もともと温室を作っていた人でね。


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温室の技術で博覧会場を作ったんだ。


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長さが1851フィート、メートルでいうと約564メートル。開催年の1851年にちなんだ数字なんだ。 幅は約124メートルで、当時としては桁外れの大きさでね。しかも面白いのが、この建物自体が最大の目玉展示物だったということ。


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長さが西暦になってるの? 洒落てるなあ。しかも中身じゃなくて、建物が展示物?


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そう。鉄骨とガラスでこれだけの大空間が作れる、という事実そのものが、最先端の技術の展示だったんだ。セントポール大聖堂の3倍の大きさと言われててね。しかもそれを39週間で建ててる。


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1年かかってないんだ。今でも早いよそれ。


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規格化された部品を工場で作って、現場で組み立てるという方式だったからね。プレハブ建築の先駆けと言われてる。ちなみにこの鉄骨構造で大空間を作るという原理は、今の博覧会建築でも変わっていない。


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171年前の発明が、今も生きてるんだ。


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会期141日間で、延べ604万人が入場した。当時のイギリスの人口の3分の1、ロンドンの人口の3倍にあたる数字だよ。



1851年、世界初の万国博覧会がロンドンで開催された。会場の水晶宮は鉄とガラスで建てられ、長さは開催年にちなむ1851フィート(約564メートル)。建物自体が最大の展示物だった。延べ604万人が入場し、当時のイギリス人口の3分の1に相当した。


「進歩を見せる」という発明


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それだけの人が来たんだ。何を見に行ったんだろう。


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未来だと思う。正確に言うと、「自分たちはここまで来た」という実感かな。


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どういうこと?


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それまで、技術の進歩って日常の中でじわじわ起こるものだったでしょ。でも万博は、それを一箇所に集めて、目に見える形にして、誰でも見に行けるようにした。進歩というものを、見世物にしたんだよ。


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あ、そうか。展示することで、進歩が実感できるものになったんだ。


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しかも当時は鉄道網が発達して、地方からでも会場に来られるようになってた。印刷技術の進歩で宣伝も行き渡る。蒸気船が世界中を結んでいて、ロンドンは文字通り世界の中心だった。


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万博が成立する条件が、ちょうど揃った時期だったんだ。


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そういうこと。万博という形式そのものが、産業革命の産物なんだよ。 蒸気機関がなければ、人も物も情報も集まらなかった。


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技術が技術を展示する場を作ったのか。


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ちなみに日本との接点もあってね。この水晶宮は万博終了後に郊外へ移設されて、市民の憩いの場になったんだけど、そこを1862年に福澤諭吉が訪れてる。文久使節団の一員としてね。


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福澤諭吉が水晶宮を見てるんだ!



万博は技術の進歩を一箇所に集め、目に見える形で展示するという発明だった。鉄道・蒸気船・印刷技術の発達がその成立条件であり、万博という形式自体が産業革命の産物である。


エッフェル塔は「無用で奇怪」と呼ばれた


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その後の万博はどうなったの?


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各国が競うようになるんだ。中でも有名なのが1889年のパリ万博。フランス革命から100年の節目に開催されて、そこで建てられたのがエッフェル塔。


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あれ、万博のために建てられたんだ。


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高さ約312メートル、当時の世界最高。鉄骨むき出しの塔でね。鉄橋の技師だったギュスターヴ・エッフェルの会社が設計した。


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今でこそパリの象徴だけど、当時の評判はどうだったの?


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それがね、猛反対されたんだ。作家のギ・ド・モーパッサンや作曲家のシャルル・グノーといった著名人が委員会を作って、反対の請願書まで出してる。


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え、そんなに?


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「無用で奇怪なエッフェル塔」、街のスカイラインを支配する「巨大な黒い煙突」と呼ばれた。


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ひどい言われようだ(笑)。


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しかも当初は20年間の許可しか出ていなくて、1909年には解体される予定だったんだ。


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えっ、あのエッフェル塔が? なんで残ったの?


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無線通信のおかげ。高さがアンテナの設置場所として理想的だと分かって、第一次世界大戦では大西洋横断通信や軍事作戦で重要な役割を果たした。役に立つことを証明したから、生き延びたんだよ。


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美しいから残ったんじゃなくて、使えるから残ったのか。


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そこ、僕はすごくスチームパンク的だと思うんだ。機能があるから存在が肯定される。飾りじゃなくて、働いている。


1889年パリ万博のエッフェル塔は「無用で奇怪」「巨大な黒い煙突」と芸術家たちに猛反対され、20年後に解体される予定だった。無線通信のアンテナとして有用性が証明されたことで存続した。


なぜスチームパンクは万博的なのか


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ここまで聞いてて思ったけど、スチームパンクの世界観って、たしかに万博っぽいかも。


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そう思うでしょ。スチームパンク作品に出てくる街って、たいてい華やかで、見世物的で、技術がこれ見よがしに展示されてる。歯車もパイプもむき出しで、「すごいでしょ」と言わんばかりに。


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隠さずに見せる、っていう美学だ。


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まさに万博の論理なんだよ。技術を隠すんじゃなくて、見えるところに置いて誇る。水晶宮が建物自体を展示物にしたのと、スチームパンクが機構をむき出しにするのは、同じ発想なんだ。


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飛行船とか巨大な塔とか、スチームパンクに出てくるものって、どれも万博のパビリオンっぽいもんね。


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しかも19世紀の万博は、実際に飛行船や新発明の機械を展示してる。スチームパンクが描いているのは、ある意味「万博が永遠に続いている世界」なのかもしれない。


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技術に希望があった時代の空気そのものか。



スチームパンクの世界観に見られる「技術を隠さず見せる」という美学は、万博の論理と共通している。水晶宮が建物自体を展示物としたのと、スチームパンクが機構をむき出しにするのは同じ発想といえる。


そして太陽の塔は、進歩に「待った」をかけた


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じゃあ、太陽の塔はどうなるの? あれも万博のシンボルだよね。


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ここが面白いところでね。1970年の大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」だった。19世紀から続く、進歩を祝う万博の流れそのものでしょ。


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うん、まさに。


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でも岡本太郎は、そこに真逆の価値観を叩きつけたんだ。「人類は進歩なんかしていない」「根源に立ち返れ」と。


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え、万博のシンボルを作る人が、万博のテーマを否定したの?


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そう。だから太陽の塔の中身は、最新技術じゃなくて生命の進化なんだよ。単細胞生物から人類まで、40億年の時間が詰まってる。技術じゃなくて、生命の話をしてる。


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あ……水晶宮とは真逆だ。あっちは最新技術そのものが展示物だったのに。


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万博の歴史って、1851年に「進歩を見せる」ことから始まって、1970年に「進歩を疑う」ところまで来たんだよね。 その両端に、水晶宮と太陽の塔が立ってる。


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120年でそこまで変わったんだ。


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しかも面白いのが、太陽の塔も残ったということ。大屋根は撤去されたのに、あれだけは残って、今は重要文化財にまでなってる。


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エッフェル塔も太陽の塔も、反対されたり異物だったりしたのに、結局残ったんだね。



1970年大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」だったが、岡本太郎は「人類は進歩なんかしていない」という逆の価値観を提示した。太陽の塔の内部が最新技術ではなく生命の進化を描いているのはそのためである。



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太陽の塔を見に行っただけなのに、19世紀まで話が飛んだね。


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でも繋がってるんだよ。あの塔が立っている場所は、かつて「進歩」を祝う祭りが開かれた跡地でね。その制度の始まりが、170年前のロンドンにあった鉄とガラスの宮殿だった。


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スチームパンクが好きな人って、たぶん万博も好きだよね。


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絶対好きだと思う(笑)。技術が希望だった時代の空気が、いちばん濃く詰まってる場所だから。


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水晶宮って、今も見られるの?


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1936年に焼けてしまってね。跡地は公園になってる。エッフェル塔は残って、太陽の塔も残ったけど、すべての始まりだった建物だけが消えてしまった。


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なんだか皮肉だな。


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でも、なくなったからこそ想像するしかないでしょ。鉄とガラスでできた564メートルの宮殿が、ハイドパークに建っていた。中には世界中から集められた機械が並んでいて、600万人がそれを見に来た。


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あ、それってもう、ほとんどスチームパンクの世界だ。


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そうなんだよ。あの建物は実在したのに、今はもう誰も見られない。 だから僕たちは絵や写真から想像するしかないんだけど、その想像するという行為が、スチームパンクそのものだと思うんだよね。


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失われた技術の風景を、頭の中で建て直す感じか。


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今度また万博記念公園に行ったら、太陽の塔を見ながら、170年前のロンドンのことも少し思い出してみてほしいな。あの塔が立っている場所も、かつては未来を見せる祭りの会場だったんだから。


よくある質問


Q. 世界初の万国博覧会はいつ開催されましたか?


A.1851年、ロンドンのハイドパークで開催された「万国産業製品大博覧会」が世界初の万国博覧会です。ヴィクトリア女王の夫であるアルバート公が推進し、会期141日間で延べ604万人が入場しました。


Q. 水晶宮(クリスタル・パレス)とは何ですか?


A.1851年ロンドン万博の会場として建てられた、鉄とガラスによる巨大建築です。設計者は温室建築で知られたジョセフ・パクストン。長さは開催年にちなんだ1851フィート(約564メートル)、幅は約124メートルで、セントポール大聖堂の3倍の規模がありました。規格化された部品を現場で組み立てる方式により39週間で完成し、プレハブ建築の先駆けとされます。建物自体が最大の展示物とされ、万博後は郊外に移設されましたが1936年に火災で焼失しました。


Q. エッフェル塔はなぜ建てられたのですか?


A.1889年のパリ万国博覧会のシンボルとして建設されました。フランス革命100周年を記念する万博の目玉として、高さ約312メートル(当時の世界最高)の鉄骨構造の塔が計画されました。当初は芸術家たちから「無用で奇怪」と猛反対され、20年後に解体される予定でしたが、無線通信のアンテナとしての有用性が認められ存続しました。


Q. スチームパンクと万博にはどんな関係がありますか?


A.19世紀の万博は、産業革命の技術を一箇所に集めて「見せる」ための場でした。技術を隠さず誇示するというその論理は、機構をむき出しにするスチームパンクの美学と共通しています。またスチームパンクが舞台とするヴィクトリア朝は、まさに万博が始まった時代でもあります。


19世紀の技術が生んだものをもっと知りたい人へ

同じ時代に生まれた「直せる設計」と、その後の100年の話もあわせてどうぞ。




スチームパンクそのものが気になった人へ


蒸気機関が発展し続けた“もうひとつの歴史”から生まれた世界観。定義から楽しみ方まで、まずは入口から。



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一般社団法人スチームパンク協会理事ツダイサオのプロフィール画像

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)


スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中

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