和製スチームパンク小説おすすめ|江戸・明治・大正を舞台にした名作ガイド【日本編】
- 日本スチームパンク協会

- 3 分前
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喫茶蒸談へようこそ
前回は海外のスチームパンク小説を年代順に辿った。では日本はどうなのか。実は日本人作家によるスチームパンク小説には、はっきりした二つの系譜がある。「もうひとつの日本」を描くものと、日本人がヴィクトリア朝を描くものだ。今回はその両方を追いながら、なぜ日本では江戸から大正が舞台に選ばれるのか、そして意外な場所に作品が眠っているという話までを扱う。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ): 日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの"ワクワクするところ"を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える"解説役"として登場することが多い。
日本にもスチームパンク小説はあるのか


前回、海外の名作をずらっと並べたじゃない。日本の作品ってどうなんだろう。

これがね、ちゃんとあるんだよ。しかも面白いことに、日本人作家の書くスチームパンクには、きれいに二つの方向があってね。

二つ?

ひとつは「もしも日本が違う形で機械化していたら」を描くもの。江戸や明治を舞台にした、もうひとつの日本。もうひとつは、日本人作家が本場のヴィクトリア朝ロンドンを正面から描くもの。

真逆だ。自分の国の過去を作り変えるか、他所の国の過去を借りるか。

そう。同じ「スチームパンク」でも、入り方がまったく違う。順番に見ていこうか。
日本人作家によるスチームパンク小説には、「もうひとつの日本」を描く系譜と、日本人がヴィクトリア朝を描く系譜という二つの方向がある。
系譜その1「もうひとつの日本」を描く

まず日本を舞台にしたほうから知りたいな。

じゃあ『機巧のイヴ』から。乾緑郎さんが2013年に出した小説でね。「天府」という都市を中心に幕藩体制が敷かれた、もうひとつの日本が舞台なんだ。

江戸じゃなくて天府。架空の日本なんだ。

そう。そこに登場するのが、幕府精煉方手伝という役職の天才機巧師・釘宮久蔵と、美しい女性の姿をした機巧人形〈伊武〉。全五話の連作短編で、SFと時代小説が融合した作品として高く評価されてる。

機巧人形って、からくり人形みたいな?

まさにそれの究極版。冒頭に印象的な場面があってね。闘蟋会、つまりコオロギを闘わせる遊びの席で、負けたことに腹を立てた侍が相手のコオロギを刀で真っ二つにする。すると、飛び散ったのは胡麻粒みたいな細かい歯車だった。

うわ、コオロギも機械だったんだ。ゾクっとする導入だな……。

この一場面で世界のルールが分かるでしょ。ゼンマイと歯車で、生き物そっくりのものが作れてしまう世界。日本の伝統的なからくり技術を、そのまま突き詰めていったらどうなるかという想像なんだ。
『機巧のイヴ』(乾緑郎、2013年)は「天府」を中心とした架空の日本が舞台。歯車とゼンマイで作られた機巧人形を軸に、日本のからくり技術を極限まで発展させた世界を描く。
系譜その2 日本人が描くヴィクトリア朝

じゃあ、逆にイギリスを舞台にしたほうは?

まず外せないのが『屍者の帝国』。攻殻機動隊の回でも名前を出したけど、伊藤計劃さんが遺した書き出しを、盟友の円城塔さんが引き継いで完成させた長編でね。19世紀末を舞台に、死者を「屍者」として蘇らせて労働力にする技術が広まった世界を描いてる。

設定がもう強烈だ。

日本SF大賞特別賞と星雲賞を取っていて、劇場アニメにもなった。和製スチームパンク小説といえばまずこれ、という一冊だと思う。

他にもあるの?

『蒸気と錬金』っていう作品も面白いよ。花田一三六さんが2021年に出した、ハヤカワ文庫の一冊でね。蒸気錬金術が実用化された大英帝国が舞台なんだ。

蒸気錬金術。字面がもう良いな(笑)。

主人公が売れない小説家っていうのがまた良くてね。食い詰めた末に、アヴァロンという島への取材旅行に出るんだけど、道中で押しつけられた蒸気錬金式の幻燈機から、ポーシャという妖精型の存在が現れる。この二人の掛け合いがひたすら楽しい作品なんだ。

重厚な世界観というより、軽やかな感じ?

そうだね。SFほど小難しくなく、ライトノベルほど軽くない、という評され方をしてる。スチームパンクの入り口としてはかなり読みやすい部類だと思う。
『屍者の帝国』(2012年)と『蒸気と錬金』(2021年)は、いずれも日本人作家が19世紀のヨーロッパを舞台に描いた作品。前者は重厚な歴史改変SF、後者は軽妙な会話劇という対照的な魅力を持つ。
蒸気都市を舞台にしたミステリもある

他のジャンルと混ざった作品もあったりする?

あるよ。『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』。ミステリ作家の芦辺拓さんが2016年に出した作品で、蒸気機関を主な動力源とする巨大都市が舞台。空中船《極光号》の船長を父に持つ少女エマが主人公なんだ。

探偵譚ってことは、事件が起きるんだ。

そう。スチームパンクの世界観で本格ミステリをやるという趣向でね。前回の海外編で紹介した『二重人格探偵エリザ』もそうだったけど、蒸気の街と探偵ものって相性がいいんだよ。

たしかに、霧のロンドンとホームズのイメージがあるもんね。

まさにその系譜。日本のミステリ作家がその土俵に乗ったらどうなるか、という一冊だと思う。
『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』(芦辺拓、2016年)は蒸気都市を舞台にした本格ミステリ。スチームパンクと探偵譚の親和性を示す一作。
なぜ江戸・明治・大正なのか

ここまで聞いてて思ったんだけど、日本を舞台にする場合、だいたい江戸から大正あたりだよね。なんでだろう。

それはね、日本の産業革命がその時期だからなんだ。イギリスのヴィクトリア朝は、日本でいうとちょうど明治にあたる。蒸気機関車が走り、銀座に煉瓦街とガス灯が並び、浅草に凌雲閣という十二階建ての高層建築が建った時代。

あ、時代が重なってるんだ。

そう。だから日本でスチームパンクをやろうとすると、自然と明治前後に手が伸びる。江戸まで遡ればからくり技術という下地があるし、大正まで来ると和洋折衷の文化がすでに成熟してる。

大正といえば、サクラ大戦だ。

まさにそれ。1996年にセガから出たゲームで、公式サイトも「スチームパンク作品」だと明言してる。架空の年号「太正」時代を舞台に、蒸気で動く霊子甲冑「光武」に乗った少女たちが帝都を守る話でね。

あれ、和製スチームパンクの代表格って言われるよね。

シリーズ累計400万本を超えてるからね。しかも小ネタが効いてて、初代の原案に「鈴野十浪」というペンネームが入ってるんだ。

すずの……じゅうろう? 普通の日本人の名前に見えるけど。

それがね、声に出してみると分かるんだよ。鈴はベルとも読むでしょ。

ベルの、じゅうろう……ベルノ・ジュウロウ。あ、ジュール・ヴェルヌだ!

正解(笑)。ひっくり返すとそうなる。

うわ、言われないと絶対気づかない。前回の海外編で「スチームパンクのご先祖様」として紹介した、あのヴェルヌじゃん。

そう。しかも設定上は、1912年に自費出版された小説『サクラ』の著者ということになっててね。その古い本を見つけてゲーム化した、という体裁になってる。

架空の原作者まで用意してるんだ。凝ってるなあ。

ちゃんと元ネタの元ネタに敬意を表してるんだよね。和製スチームパンクの代表作が、海外の源流にきちんと繋がってる。
日本でスチームパンクが江戸から大正を舞台にするのは、明治が日本の産業革命期にあたるため。ヴィクトリア朝と時代が重なっており、『サクラ大戦』の「太正時代」もこの流れに位置づけられる。
和製スチームパンク小説 早わかり一覧
作品 | 作者 | 年 | 舞台 | タイプ |
帝都物語 | 荒俣宏 | 1985 | 明治〜昭和の帝都東京 | 伝奇・オカルト(広義) |
屍者の帝国 | 伊藤計劃・円城塔 | 2012 | 19世紀末の世界 | 歴史改変(重厚) |
機巧のイヴ | 乾緑郎 | 2013 | もうひとつの日本 | 時代SF・機巧人形 |
スチームオペラ | 芦辺拓 | 2016 | 蒸気都市 | 本格ミステリ |
蒸気と錬金 | 花田一三六 | 2021 | 蒸気錬金術の大英帝国 | 軽妙な冒険譚 |
『帝都物語』は蒸気機関が主役というより風水とオカルトが軸の作品だが、明治の帝都を舞台にした伝奇の金字塔として、和製スチームパンクの空気を語るうえで外せない一冊。日本SF大賞受賞作。和製スチームパンク小説は1985年から2021年まで、およそ35年にわたって書かれ続けている。舞台も日本と海外に分かれ、時代SF・歴史改変・ミステリ・冒険譚とジャンルも多様。
定番が少ない、それは探す楽しみがあるということ

正直に言うと、海外編に比べると「これが定番!」って作品は少ない印象かも。

そこは僕もそう思う。海外みたいに「まずこれを読め」という共通見解がある状態ではないよね。

ちょっと寂しいな。

でもね、ここからが今日いちばん言いたいことなんだけど。商業出版の棚にないだけで、実は作品自体はけっこうあるんだよ。

どこに?

文学フリマとかコミティアとか、一次創作の即売会。ああいう場所には、スチームパンクを題材にした個人の小説が意外なほど並んでる。

同人誌ってこと?

うん。文学フリマは「自分が文学だと信じるもの」なら何でも出せるイベントでね。純文学からSF、評論まで幅広い。見本誌コーナーがあるから、各ブースの作品を自由に立ち読みできるんだ。

気になったら手に取れるんだ。

そう。ただ入場料は地域によって違ってて、東京は有料、他の地域は無料のところが多い。行く前に公式サイトで確認したほうがいいね。

地域ごとに違うんだ。

コミティアのほうは一次創作限定の即売会で、オリジナル小説での参加もできる。こっちは規模が大きくて、6,800サークルくらい集まる回もある。一般参加にはカタログの購入が必要だから、そこも事前に調べていったほうがいい。

6,800! それだけあれば、蒸気ものも絶対あるよね。

あるある。しかも記事の最後に両方の公式サイトを載せておくから、行ってみたい人はそこから日程と入場方法を確認してみて。

それ、宝探しみたいで楽しそう。

まさに宝探し。名前も知らない書き手が、誰に頼まれたわけでもなく蒸気の世界を書いている。それを本人から直接買える。商業の棚だけ見て「日本にはスチームパンク小説が少ない」と判断するのは、たぶん早いんだよね。

作られてないんじゃなくて、置いてある場所が違うだけか。

そういうこと。スチームパンクってもともとDIYの文化でしょ。ガジェットを自分の手で作るのと同じように、物語も自分の手で書いて、自分の手で売る人たちがいる。それはそれで、すごくこのジャンルらしいと思うんだ。
商業出版では定番作品が限られる一方、文学フリマやコミティアなど一次創作の即売会にはスチームパンクを題材にした個人の小説が数多く存在する。自作を自ら頒布する文化は、DIYを重んじるスチームパンクの気質とも重なる。

海外編と日本編、ずいぶん景色が違ったな。

海外は名作が積み上がってピラミッドみたいになってるけど、日本はまだ地層が薄い。でもそのぶん、これから書かれる余地が大きいとも言える。

しかも同人の世界には、もう書いてる人がたくさんいるんだよね。

うん。次に文学フリマやコミティアに行く機会があったら、「スチームパンク」で探してみてほしいな。棚に並ばなかった蒸気の物語が、たぶんそこにある。

次回は新興国編だっけ。

そう。韓国や中国から出てきている作品を扱う予定。日本とはまた違う、それぞれの国の「もうひとつの歴史」が見えてくると思うよ。
蒸気の物語を探しに行くなら
本文で触れた二つの即売会の公式サイト。開催日程や参加方法はこちらで確認できる。
文学フリマ
「自らが〈文学〉と信じるもの」を作り手が自ら手売りする、文学作品の展示即売会。小説・短歌・俳句・詩・評論・エッセイ・ZINEなど幅広いジャンルが集まる。参加者の年代は10代から90代まで。九州から北海道まで全国8か所で年9回開催されている。見本誌コーナーでは各ブースの作品を自由に立ち読みできる。
入場料は地域によって異なり、文学フリマ東京は有料(18歳以下は無料)、他地域は無料の開催が多い。
各回の入場方法は公式サイトで確認を。
COMITIA(コミティア)
1984年から続く、オリジナル作品限定の自主制作展示即売会。漫画が中心だが、小説・イラスト・評論・写真集なども頒布される。東京ビッグサイトで年4回開催され、規模は約6,800サークル。2024年には実行委員会が第28回手塚治虫文化賞特別賞を受賞している。
一般参加にはカタログ『ティアズマガジン』の購入が必要なので、事前に確認を。
▶ 開催スケジュール
よくある質問
Q. 和製スチームパンク小説のおすすめは何ですか?
A.まず挙げられるのが『屍者の帝国』(伊藤計劃・円城塔)です。日本SF大賞特別賞と星雲賞を受賞し劇場アニメ化もされました。日本を舞台にしたものなら『機巧のイヴ』(乾緑郎)、軽妙な冒険譚が好みなら『蒸気と錬金』(花田一三六)、ミステリ好きには『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』(芦辺拓)がおすすめです。
Q. なぜ和風スチームパンクは明治や大正が舞台になるのですか?
A.日本の産業革命期が明治にあたるためです。イギリスのヴィクトリア朝と時代が重なっており、蒸気機関車の開通、銀座の煉瓦街とガス灯、浅草の凌雲閣など、蒸気と近代化の象徴がそろっていました。江戸まで遡ればからくり技術という下地があり、大正になると和洋折衷の文化が成熟します。
Q. サクラ大戦はスチームパンクですか?
A.公式サイトが「蒸気技術が発達した架空の『太正時代』を舞台に繰り広げられるスチームパンク作品」と明言しています。1996年発売の第1作から続くシリーズで、和製スチームパンクの代表作としてよく名前が挙がります。なお第1作の原案としてクレジットされている「鈴野十浪」は、ジュール・ヴェルヌをもじった架空の作家名です(鈴=ベル、ベルノ・ジュウロウ)。
Q. 日本のスチームパンク小説はどこで探せますか?
A.書店や電子書籍のほか、文学フリマやコミティアといった一次創作の即売会でも数多く頒布されています。文学フリマには見本誌コーナーがあり、各ブースの作品を自由に立ち読みしてから購入できます。ただし入場料は地域によって異なり、文学フリマ東京は有料(18歳以下無料)、コミティアも一般参加にはカタログの購入が必要です。いずれも公式サイトで開催日程と入場方法を確認できます。
海外の名作から知りたい人へ
源流のヴェルヌから現代作品まで、海外のスチームパンク小説を年代順に整理しています。
スチームパンクそのものが気になった人へ
蒸気機関が発展し続けた“もうひとつの歴史”から生まれた世界観。定義から楽しみ方まで、まずは入口から。
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文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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