キャシャーンの実写版はなぜスチームパンクなのか。酷評から20年、評価がひっくり返った紀里谷和明の映像世界
- 日本スチームパンク協会

- 7月8日
- 読了時間: 12分

喫茶蒸談へようこそ
2004年に公開された、紀里谷和明監督の『CASSHERN』という映画がある。公開当時は賛否が真っ二つ、どちらかというと「否」に大きく傾いていた一本なのだけれど、この20年で評価が静かにひっくり返ってきている。
そして何より、これがものすごくスチームパンクな映画なのだ。今日はツダイサオがこの作品を語りたくてうずうずしているらしいので、聞いていく回。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ): 日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの"ワクワクするところ"を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える"解説役"として登場することが多い。
ツダイサオが急に早口になる話


今日はなんか、始まる前からソワソワしてるよね。

バレた(笑)。いや、前からずっとこの映画の話をしたくてね。『CASSHERN』っていう2004年の作品なんだけど。これはもう、いつか腰を据えて語りたいなと思ってたんだ。

キャシャーンって、あの「やらねば誰がやる」の?

そうそう、原作は1973年のタツノコプロのアニメ『新造人間キャシャーン』。それを2004年に紀里谷和明監督が実写映画にした作品なんだ。で、白状すると……わたし、この映画が本当に大好きで。

あー、それでこのテンションなんだ(笑)。
「キャシャーン」って、そもそもスチームパンクなの?

でもさ、キャシャーンってロボットもので、蒸気とか歯車って感じじゃない気がするんだけど。どのへんがスチームパンクなの?

いい質問。実はね、この映画の見どころは物語そのものより「世界の見た目」なんだ。舞台は50年続いた大戦で荒れ果てた世界。そこに登場する都市や機械のデザインが、もうスチームパンクそのものなんだよ。

荒れ果てた世界っていうと、終末後っぽい?

それも入ってる。でも面白いのは、未来の話なのに、出てくるものが古めかしいこと。都市の景観はロシア構成主義っていう、20世紀初頭の建築様式をベースにしていて。移動する巨大な機械なんかは、まさに真鍮と鉄でできた蒸気機械みたいな質感なんだ。

ロシア構成主義?

ざっくり言うと、革命期のロシアで生まれた、鉄骨とか幾何学的な形をむき出しにするデザインの流儀。飾りじゃなくて「構造そのものを見せる」美学でね。これ、わたしたちがいつも言ってる、スチームパンクの「隠すんじゃなくて、見せる」っていう機能美と、根っこがすごく近いんだよ。

あー、なるほど。仕組みをあえて見せちゃうやつ。

そう。過去の技術の質感を土台にして、あったかもしれない別の未来を描く。「もう一つの歴史」を映像で立ち上げてる。これ、スチームパンクの定義そのものなんだよね。
監督が写真家だから撮れた画

紀里谷監督って、どういう人なの?

もともと写真家で、ミュージックビデオの演出で知られた人。宇多田ヒカルの映像を手がけていて、当時は宇多田さんの旦那さんとしても話題になった。『CASSHERN』が映画の初監督作なんだ。しかもこの人、監督だけじゃなく脚本も編集も自分でやってて、撮影も自らクレジットに名を連ねてる。

全部ひとりで?

そこがこの映画の画の強さにつながってると思う。ほぼ全編スタジオ撮影で、背景をCGで合成する手法を大胆に使っていてね。当時としては相当に攻めた作り方だった。全部のカットに色や質感の加工がかかっていて、画面がずっと絵画みたいなんだ。

絵画みたい、いいね。

で、実はもうひとつ、写真家出身ならではだなって思うところがあってね。光の捉え方が、すごく独特なんだ。

光?

うん。ふつうの映画って、役者の顔がちゃんと見えるように均等に照らすことが多いんだけど、この映画はそうじゃない。差し込む光と、落ちる影のコントラストがすごく強くて、被写体の輪郭を光で彫るみたいに撮ってるんだよ。一枚の写真として成立するような、決めの一瞬を積み重ねてる感じ。

あー、写真を撮る人の目線なんだ。

それとね、この映画の光って、ただ当たってるんじゃなくて、光そのものが「物」みたいに見えるんだ。

光が物? どういうこと?

空気中の埃や煙や霧に光が乱反射して、光線が目に見える柱みたいになってるカットが多いんだよ。窓から差す光がくっきり筋になってたり、逆光で人物の周りが白く発光してたり。光が空間を満たしてる感じっていうのかな。だから画面から、湿り気とか埃っぽさとか、その場の空気の重さまで伝わってくる。

光を見てるのに、空気を感じるんだ。

そうそう。しかもそれが単発の見せ場じゃなくて、映画全体のトーンになってる。薄暗い中に光がひと筋差す、みたいな画がずっと続くから、世界そのものが重くて荘厳な空気をまとうんだ。荒廃した世界の物語と、その光の質感がぴったり噛み合ってる。

話の重さと画の重さが揃ってるってことか。

まさに。光の選び方だけで、その世界がどういう場所なのかを語っちゃってる。これ、スチームパンクで真鍮のくすんだ質感や、影の落ちた機械にぐっとくるのと、実は同じ感覚なんだよ。ピカピカに明るいと出ない味が、陰影の中にはある。

陰影が世界観そのものになってるんだ。

ある評論家が、シーンをまたいで音楽が流れ続けて、映像と感情が途切れずに次の場面へ繋がっていく、って書いていて。まさにそれで。映画全体がひとつの大きな流れとして設計されてる。細部を積み上げないと絶対にできない画なんだよ。

これって、全部監督ひとりの感性なの?

監督の目は大きいんだけど、それだけじゃないんだ。ビジュアルの要になった人のひとりが、木村俊幸さんっていうVFXスーパーバイザー。コンセプトデザインとマットアート、つまり背景の絵画的な部分を大きく手がけた人で、この映画でBest Visual Designer賞を獲ってる。

マットアートって?

実際にセットを組まずに、絵で背景を描いて実写と合成する技法。荒廃した都市とか、現実には存在しない巨大な建造物とか、あの絵画みたいな画面の多くはこの人の筆から生まれてるんだ。しかも木村さん、紀里谷監督とは宇多田ヒカルのミュージックビデオの現場で組んだ間柄でね。「Final Distance」や「traveling」なんかのコンセプトデザインを手がけていて、そこでの信頼関係がそのまま『CASSHERN』に持ち込まれてる。

あー、監督と木村さんの力がそれだけ大きかったんだね。

そのふたりが大きいのは間違いないんだけど、そこだけの話でもなくて。映画ってそもそも、ひとりやふたりの才能だけじゃ絶対に完成しないものでね。撮影は紀里谷監督ひとりじゃなくて森下彰三さんとの共同クレジットだし、コンセプトデザインも木村さんひとりじゃなくて庄野晴彦さんや美術の林田裕至さんたちとのチームだった。バトルシーンの絵コンテには『ガメラ』シリーズの樋口真嗣さんも協力してる。

そっか、ひとつの画の裏に、何人分もの仕事が重なってるんだ。

それと、衣裳の北村道子さんも欠かせない。是枝裕和監督や黒沢清監督の作品を手がけてきたスタイリストで、あの独特な質感の衣装も、木村さんたちが作る背景と同じくらい世界観を支えてる。

光や背景にばかり気を取られてたけど、衣装も、役者さんの佇まいも、全部が積み重なってあの空気になってるんだね。

うん。主演の伊勢谷友介や唐沢寿明、樋口可南子、麻生久美子っていう芝居も、照明の渡部嘉さんや音楽の鷺巣詩郎さん、アクション監督の諸鍛冶裕太さんや、普段クレジットでしか名前を見ないような仕事も。ひとつひとつは地味に見えるかもしれないけど、そのどれかひとつが欠けても、あの世界にはならなかったと思う。

挙げていくとキリがないくらい、たくさんの人が関わってるんだね。

そうなんだよ。映画ってそもそも、そういうものなんだと思う。監督ひとりのビジョンから始まって、名前がぱっと思い浮かぶ人も、そうじゃない人も、それぞれの持ち場で仕事を積み重ねて、ようやく一本の画になる。『CASSHERN』を見返すたびに、その積み重ねの厚みを感じるんだ。

監督の目と、みんなの手が合わさって、あの世界ができたんだ。

そう。写真家としての監督の光の目、木村さんたちのマットアートの目、北村さんの衣裳の目。いろんな目と手が重なって、あの独特のトーンが生まれてる。
じゃあ、なんで当時は叩かれたの?

そんなに良いなら、なんで公開当時は賛否が分かれたの?

正直に言うとね、物語がかなり難しいんだ。登場人物のほとんどが悲劇的な死を迎えるし、テーマも「人はなぜ争うのか」っていう、めちゃくちゃ重いもの。監督自身が、下敷きにしたのはシェイクスピアの『ハムレット』だと言ってるくらいで。

うわ、重い。

しかも台詞が独特で、言葉が意味というより「音の塊」として投げ込まれてくる感じ。映像はすごいけど話が入ってこない、っていう批判が当時は多かったんだ。それともうひとつ大きかったのが、原作アニメを知ってる世代からの反発でね。

元のキャシャーンと、そんなに違うの?

かなり違うんだ。1973年のアニメは、悪のロボット軍団に立ち向かう正義のヒーロー、っていう分かりやすい構図でね。「キャシャーンがやらねば誰がやる」っていう有名な台詞も、そのまっすぐさから来てる。ところが紀里谷版は、主人公の名前や新造人間っていう設定の骨格は借りつつ、中身をほぼ悲劇に作り替えてる。敵も味方もはっきりせず、登場人物がみんな苦しんで死んでいく。ヒーローものを期待して観た人ほど、面食らったんだ。

あー、思ってたのと違う、ってなったんだ。

そう。「これはキャシャーンじゃない」って怒った人も多かった。ただ面白いのは、原作をリアルタイムで観てた世代ほど否定的で、そこにこだわらない人の方が素直に受け取れた、っていう傾向があったこと。監督自身も後年、脚本は完璧じゃなかったと認めてはいるんだけど、設定の改変そのものは狙ってやってることでね。

わざと変えたんだ。

うん。だから「原作を裏切った」「駄作だ」ってレッテルを長いこと貼られていた。でもね、ここからが今日の本題なんだ。
20年経って、評価がひっくり返った

最近は評価が変わってきてるって言ってたよね。

そう。ここ数年で、この映画を「あの時代にしか撮れなかった傑作」として見直す声が確実に増えてる。理由はいくつかあってね。ひとつは、日本で漫画やアニメの実写化が当たり前になったこと。2004年の時点で紀里谷監督がやってのけた「実写化」が、いかに早すぎたかが、今になって分かるようになった。

時代が追いついたんだ。

それともうひとつ、あの独特のCG映像が、今ではもう再現不可能だってこと。全編スタジオで撮って背景を合成する、あの時代特有の技術と、紀里谷組のセンスが噛み合って初めて生まれた質感でね。デジタルがまだ荒削りだった頃だからこそ出た、絵画とも版画ともつかない手触りなんだ。今の滑らかなCGでは、逆立ちしても出せない。

技術が進歩したのに、再現できないんだ。

そこが面白いところでね。上手い下手の話じゃなくて、あの一瞬の技術にしか宿らなかった質感なんだよ。荒廃した都市も、むき出しの機械も、全部があの時代の空気を吸って固まってる。だから唯一無二なんだ。

二度と作れない世界って、それだけで価値があるよね。

まさに。真鍮のエイジングと同じでさ。時間が経ったからこそ出てくる味がある。公開当時は「粗さ」に見えたものが、20年経つと「その時代の刻印」に変わる。スチームパンクが古い機械に美を見出すのと、まったく同じことが、この映画の映像そのものに起きてるんだよ。

映画そのものがスチームパンク的に熟成したってこと?

うまいこと言うね(笑)。まさにそう。
だから、いちど観てほしい

初めての人は、どう観たらいい?

ストーリーを完璧に理解しようと気張らなくていいと思う。まずは画の力に身を委ねてほしい。荒廃した都市の造形、むき出しの機械、加工された色彩。「これは、あったかもしれないもう一つの世界だ」って思いながら観ると、スチームパンクの入り口としてすごく効くはずだから。

難しかったら、画を楽しめばいいんだ。

そう。そして観終わったあとに、「なんであの時これが叩かれたんだろう」って考えてみてほしい。評価って、作品じゃなくて時代の側が変わることでひっくり返る。それを体験できる、貴重な一本なんだ。配信で観られるから、気になったらぜひ。
よくある質問
Q. 映画『CASSHERN』はどこで観られる?
A.U-NEXT、Hulu、Amazonプライムビデオ「プラス松竹」、FOD、Lemino、バンダイチャンネルなどの動画配信サービスで視聴できます。最新の配信状況は各サービスでご確認ください。上映時間は約141分です。
Q. キャシャーンの実写版はスチームパンク作品なの?
A.ジャンルとしてはSFアクションですが、ロシア構成主義を土台にした都市景観や、真鍮・鉄の質感を持つ巨大な移動機械など、美術面は極めてスチームパンク的です。過去の技術の質感で「もう一つの未来」を描く点が、スチームパンクの世界観と重なります。
Q. 公開当時に酷評されたのに、なぜ今は評価されているの?
A.物語の難解さや、正義のヒーローものだった原作アニメから悲劇へと大きく作り替えた設定変更が、当時は批判を集めました。20年を経て、漫画・アニメの実写化が一般化したこと、そしてあの時代の技術でしか出せない映像美が再現不可能な価値として見直されたことで、再評価が進んでいます。
Q. あの映像美は誰が手がけたの?
A.監督の紀里谷和明に加えて、VFXスーパーバイザーの木村俊幸が大きく寄与しています。コンセプトデザインとマットアート(絵で描いた背景を実写と合成する技法)を担当し、本作でBest Visual Designer賞を受賞しました。
木村俊幸の作品世界をもっと知りたい人へ
『CASSHERN』のマットアートを手がけた木村俊幸は、日本のスチームパンク系クリエイターたちの造形作品を集めた作品集『スチームパンク東方研究所』(グラフィック社)のギャラリーにも作品を寄せている。時計やメカ、衣装小物といった国内スチームパンク造形シーンをまとめたこのシリーズについては、また改めてこの喫茶蒸談で取り上げたい。
終末後の世界を描くジャンルそのものが気になった人へ
キャシャーンの荒廃した世界に惹かれたなら、その背景にある「終末後」を描くジャンルの成り立ちも面白い。定義からたどってみると、あの世界の見え方が変わる。
「電気」に夢を見た時代を、もっと
スチームパンクとアニメの関係を、代表作から掘り下げた回。キャシャーンの原作もアニメだったことを思い出しながら読むと二度おいしい。
スチームパンクそのものが気になった人へ
蒸気機関が発展し続けた“もうひとつの歴史”から生まれた世界観。定義から楽しみ方まで、まずは入口から。
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文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
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