【第22回】リヴァイアサンと、空を泳ぐ想像力
- 日本スチームパンク協会

- 7月16日
- 読了時間: 6分
更新日:8月1日

喫茶『蒸談』へようこそ
ここは蒸気とインクの香りがふわりと漂う、異世界の扉がゆっくり開く午後。
金属の軋む音、風を裂く帆のうなり、クジラの尾が空を叩く 空想が技術に命を吹き込み、空を泳ぐ“飛行生物”と地を這う“蒸気機械”が出会う場所。
今日は、そんな世界を描いたアニメ『リヴァイアサン』についてのひととき。
クランカーたちが築く機械の文明と、ダーウィニストたちが操る生きた飛行船。 空と地のコントラストに宿るのは、想像力という名のエンジンです。
帽子を少し傾けて、ティーカップの縁に指を添えたら、さあ、空想の航海へ。 ひとまず1話だけ、乗り込んでみませんか?
小説『リヴァイアサン―クジラと蒸気機関―』とは
『リヴァイアサン(Leviathan)』は、アメリカの作家スコット・ウェスターフィールドによって2009年に発表されたスチームパンク冒険小説。第一次世界大戦が“蒸気機械”と“遺伝子生物”による戦いとして描かれる、もうひとつの歴史を舞台にしています。
機械文明を誇る「クランカー」と、生物工学で進化した「ダーウィニスト」。対立するふたつの大国の狭間で、若き主人公たちが世界の行方を変える冒険へと踏み出します。緻密なビジュアルと独自の世界設定で、スチームパンクとSFをつなぐ代表的作品として高く評価されています。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
◆リヴァイアサンと、空を泳ぐ想像力◆

ツダさん、『リヴァイアサン』観た? Netflixでついに配信されたアレ!

観たよ。いや、正直言って想像以上だった。原作小説の持ってた“架空の歴史”の感じ、あれがちゃんとアニメになってた。

そうそう! なんか“レトロフューチャー”っていうより、“別世界の世界史”を覗いてる感じ。スチームパンクの要素もたっぷりだったよね。

あの世界観の構造が面白いよね。クランカーの国は、蒸気と歯車で動くウォーカーを造ってて、ダーウィニストの側は、生物を遺伝子操作して飛行船とか兵器にしちゃう。

で、その飛行船! 空を泳ぐクジラって、神話や伝承でもよく語られるけど、あれがまさか生物兵器として空に浮かんでるなんて……もう神話的な存在感そのものだった。

しかも、それに対抗するのが、地面を這う蒸気のウォーカー。空と地上、生き物と機械、ダーウィニストとクランカー――明確な対比があって、そこがすごく象徴的だよね。

クランカー側からすれば、ああいう生き物を改造して飛ばすなんて、倫理的にありえないわけでしょ? 機械の方が誠実っていうか。

うん。あの世界における“技術と命の扱い方”って、スチームパンクの根底にあるテーマに通じてる気がする。想像力の方向が違うだけで、どっちも本気。
◆「スチームパンク」なの?◆

たまに聞かれるんだけど、「これってスチームパンクなの?」ってどう思う?

あぁ、それはよくある。「バイオパンクなんじゃないの?」とかね。でも僕は、そういう細かいジャンル分けって、そこまで重要だとは思ってない。 むしろ、みんなが思う“スチームパンクらしさ”っていうのは、この作品からすごく感じるよ。クランカーたちの文明なんてまさにそうで、「もし蒸気機関が極限まで進化していたら?」っていう世界観がしっかりあるし、機械の構造がむき出しで動いてる描写なんて、まさにスチームパンクそのものだと思う。

そうそう、しかも衣装もバッチリ。スチームパンク好きが見たら「わかってるな…」ってなるやつ!

細部のディテールも良かったね。軍服や工具の質感とか、アニメーションだからこそできる表現も活きてた。

そう、映像としても圧倒的。空に浮かぶ巨大な“生きた飛行船”と、蒸気のウォーカー。そのスケール感を描けるのはアニメならではだよね。
◆もし『リヴァイアサン』の世界にいたら?◆

もしあの世界に入れるなら、ツダさんはどっちにいると思う?

うーん…たぶんクランカー側かな。ウォーカーの機関室で整備してる整備兵っぽい。ついこっそり改造して怒られたりして(笑)

やりそう(笑) 私は…情報士官とかがいいなあ。蝋管に記録された暗号を解読したり、機械式のレーダーを覗いたり。ちょっとスパイっぽい役割が楽しそう!

たしかに、MaRyは完全に諜報員だね(笑)「機械で読み取った真実をどう使うか」って葛藤してそう。
◆想像力の翼が広がる時間◆

とにかく、“こんな世界があったかも”って思わせてくれるところがすごいよね。

そう。スチームパンクって、ただ見た目を楽しむだけじゃなくて、「もし19世紀の技術が進化していたら?」っていう想像をふくらませるのも、楽しみ方のひとつ。『リヴァイアサン』は、まさにその“if”に命を吹き込んだ作品だった。

スチームパンクにちょっとでも興味がある人なら、1話だけでも絶対観てほしい。世界観の密度に惚れると思う。

観終わったら、きっと誰もがツイードの帽子かぶって、空を見上げたくなるよ(笑)
コラム:空を泳ぐクジラの幻想
「空を飛びたい」という渇望は、人類が技術を手にしたときから一貫して存在してきた。しかし、その願いをスチームパンクの世界で形にするとき、それはたいてい、なめらかに飛ぶ鳥のようなものではない。羽ばたく機構――オーニソプターのようなものさえ、羽音を立ててぎこちなく、むしろ空気に逆らいながら飛んでいるように見える。
プロペラを回し、蒸気を吐き、歯車のうなりとともに空へ押し上がる──飛行とは、空を征服する行為ではなく、空へと届こうとする努力の象徴なのだ。
そんな中で『リヴァイアサン』に登場する飛行船は、見た目も構造もクジラそのものだ。翼すら持たず、まるで水のように空を泳ぐ。
クジラは、古今東西で神話的存在とされてきた。海の底に棲む“世界を呑み込むもの”あるいは“神の化身”として語られ、その圧倒的なスケール感が人々に畏怖と敬意を与えてきた。人知を超える存在にしか見えないその姿は、ときに自然そのものの象徴でもある。
そして今作では、そのクジラが空を舞う。水の中で神格化されてきた生物が、重力の束縛を断ち切って、空を自由に行き来する姿は、まさに「神が空に昇った」ような光景だ。
このイメージは、ただの幻想ではない。人類が最初に空へ機械を飛ばしたとき、「鳥」ではなく「飛行船」だったこと。その飛行船は、“浮くこと”を選んだこと。そして今、スチームパンクという文化は、その“鈍重な機械の夢”を愛し続けていること。
空を泳ぐクジラとは、重力に抗う機械文明の憧れと、古代から受け継がれる神秘の象徴が交差した存在なのだ。
それは、空の上に浮かぶ「神話」であり、そして何より──人類の想像力が見上げた“もうひとつの空”そのものなのかもしれない。

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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