アジアンゴシックとサイバーパンクの違いとは?同じ風景が二つの名前を持つ理由
- 日本スチームパンク協会

- 1 日前
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喫茶蒸談へようこそ
アジアンゴシックとサイバーパンクの違いを一言でいうと、「同じ街を、過去から見るか未来から見るか」だ。
雨に濡れたネオン、空を覆う配線、ひしめく看板——まったく同じ一枚の風景が、ある人には「サイバーパンク」に、別の人には「アジアンゴシック」に見える。なぜ一つの景色が二つの名前を持つのか。前回のアジアンゴシックの話の続編として、今回はこの二つの美学を分ける一本の線を探していく。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ): 日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの"ワクワクするところ"を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える"解説役"として登場することが多い。
同じ写真を、二人が違う名前で呼んだ


この前、SNSで一枚の画像が流れてきてさ。雨が降ってて、路面にネオンが反射してて、看板がびっしりで、上の方は配線で空が見えない感じの。

香港か、新宿の歌舞伎町あたりっぽいやつ?

たぶんそう。で、私それ見て反射的に「うわ、サイバーパンクだ」って思ったんだよね。そしたら横にいた友達が「これアジアンゴシックでしょ」って言って。

あー。それ、すごく面白いところを踏んだね。

え、どっちが正解なの?

どっちも正解。っていうか、どっちでもある。同じ一枚の写真が、見る人によってサイバーパンクにもアジアンゴシックにもなる。前回アジアンゴシックの話をしたとき、最後にスチームパンクと隣り合ってるって話をしたけど、実はサイバーパンクとはもっと近い。隣どころか、肩が触れてる。

肩が触れてる(笑)。じゃあ何が違うの?同じに見えるのに名前が二つあるってことは、どこかに線があるはずでしょ。

そう。その線を今日は探そう。先に言っておくと、線は一本じゃなくて二本ある。「光」と「時間」
どちらも九龍城砦に行き着く


線の話の前に、ひとつ気になることがあって。私が「サイバーパンクだ」って思ったあの写真、前回アジアンゴシックの原風景だって言ってた九龍城砦に似てたんだよね。

そこなんだよ。アジアンゴシックの原風景が九龍城砦だって前回話した。でも実は、サイバーパンク側の人に「聖地は?」って聞いても、同じく九龍城砦って答えが返ってくる。

同じ場所が、二つの美学の母体になってるってこと?

そう。無秩序に積み上がった建物、空を覆う配線、届かない光、独自のルールで動く密度。あの一個の場所が、片方からは「未来都市の原型」に見えて、もう片方からは「湿った迷宮」に見える。

不思議だね。同じ建物を見てるのに。

人は風景そのものを見てるようで、実は自分が持ってる物語のフィルター越しに見てる。九龍城砦は中立な素材なんだよ。そこに「未来」のフィルターをかけるとサイバーパンクになって、「過去」のフィルターをかけるとアジアンゴシックになる。

素材は一個で、味付けが二種類。

いい言い方。じゃあその味付けの正体を、一本目の線から見ていこう。
一本目の線:光の向きが逆

一番わかりやすい違いが「光」。サイバーパンクとアジアンゴシック、光の扱いが正反対なんだ。

正反対?どっちも暗くて夜のイメージだけど。

夜なのは同じ。でもサイバーパンクの夜は「自分から光ってる」。ネオン、スクリーン、ホログラム、発光する看板。闇の中で人工の光がギラギラ自己主張してる。光が主役なんだよ。

あー、ブレードランナーとかサイバーパンク2077の街並みって、確かに光まみれだ。

一方アジアンゴシックの夜は「光が届かない」。湿気、闇、滲み、影。光があっても弱々しくて、霧や水分でぼやけてる。光が吸い込まれていく方向。

発光体か、吸光体か。

まさにそれ。サイバーパンクは光を放つ美学で、アジアンゴシックは光を呑む美学。同じネオンの写真でも、「ネオンが光ってる」と見ればサイバーパンク、「ネオンが滲んでる」と見ればアジアンゴシック。

見るポイントが、光そのものか、光のにじみ方か、で変わるんだ。

前回「湿度」って言葉を使ったでしょ。あれがここで効いてくる。湿度は光を滲ませる。だからアジアンゴシックは構造的に、光をシャープに見せない。逆にサイバーパンクの乾いたネオンは、光のエッジが立つ。
二本目の線:時間の向きが逆

光が一本目。じゃあ二本目の「時間」は?

これがもっと本質的。二つの美学は、時間の向きが逆を向いてる。サイバーパンクは「過剰な未来」を見てる。テクノロジーが進みすぎた世界、人体改造、電脳、AI、企業が国家を超えた近未来。視線が前を向いてる。

未来の話なんだ、基本は。

そう。対してアジアンゴシックは「腐らない過去」を見てる。古い街、積年の汚れ、取り壊された九龍城砦、消えていく路地。視線が後ろを向いてる。失われたもの、消毒されてしまったものへの執着。

前を向いてるか、後ろを向いてるか。

ただね、ここが一番面白いんだけど向きは逆なのに、二つとも「今」を否定してる点では完全に一致してるんだ。

あ、そうか。サイバーパンクは「こんな未来は嫌だ」だし、アジアンゴシックは「あの過去を消すな」だけど、どっちも今の整いすぎた現代に「ノー」を突きつけてる。

その通り。現代の、清潔で、均質で、管理された都市。それに対する抵抗っていう一点で、二つは同じ根っこから出てる。ただ抵抗の仕方が、未来へ逃げるか過去へ潜るかで分かれただけ。

根っこは一個で、枝が二本。

さっきの「素材は一個で味付けが二種類」とつながるね。ちなみにサイバーパンクの話だけで、たぶん一回分まるまる語れる。電脳とか、企業国家とか、深い話が山ほどあるから。今日は入口だけ。

それ次回やろうよ。気になる。

やろう(笑)
コラム:「雨」はどちらのものか
サイバーパンクとアジアンゴシックが共有している、数少ない記号がある。「雨」だ。どちらの風景にも、たいてい雨が降っている。けれど、その雨の役割はまるで違う。
サイバーパンクの雨は、光を反射させるための装置だ。濡れた路面がネオンを跳ね返し、街の発光を二倍にする。雨は光を増幅する鏡として降る。
アジアンゴシックの雨は、すべてを湿らせ、滲ませる媒介だ。境界を溶かし、輪郭をぼかし、街に湿度を与える。雨は光を呑み込む水として降る。
同じ雨が、片方では光を増やし、もう片方では光を消す。降っている雨は同じなのに、それが何のために降っているのかが、二つの美学を静かに分けている。
空を見上げて雨を待つか、足元の水たまりに映る光を見るか。たぶん、その視線の高さの違いだけなのかもしれない。
で、スチームパンクはどこにいる

光と時間で、サイバーパンクとアジアンゴシックの違いはわかった。でさ、私たちスチームパンクの人間じゃない。スチームパンクはこの地図のどこにいるの?

待ってました。その質問。光と時間っていう二本の線で地図を作ると、三つ全部きれいに置けるんだよ。

教えて。

まず「機械」をどう扱うかで見るとわかりやすい。スチームパンクは「見える機械」。歯車も配管も全部むき出しで、機械が何をしてるか目で追える。そして時間軸は「過去の楽観」産業革命がもし別の方向に進んでいたら、っていう明るい空想。

前にやった「機能の表出」の話だ。動力が見える、ってやつ。

そう。対してサイバーパンクは「見えない機械」。技術が高度すぎて、スマホみたいに中身がブラックボックス化してる。時間軸は「未来の悲観」進歩した先に待つディストピア。

見えるか見えないか、楽観か悲観か。きれいに逆だ。

そしてアジアンゴシックは、そもそも機械の話ですらない。「湿った何か」。機械が主役じゃなくて、汚れ、歪み、混淆、前回話した三つの質感が主役。時間軸は「腐らない過去」。

三つ並べると性格がはっきりするね。スチームパンクは見える機械で過去に楽観して、サイバーパンクは見えない機械で未来に悲観して、アジアンゴシックは機械を離れて過去に湿ってる。

よくまとまった(笑)。でね、面白いのは三つとも、出発点は同じなんだ。「整いすぎた現代が削ぎ落とした何か」を取り戻そうとしてる。前回の最後に言ったやつ。

抵抗の仕方が三者三様なだけで、抵抗してることは同じ。

スチームパンクは「失われた可能性」へ、サイバーパンクは「来てほしくない未来」への警告として、アジアンゴシックは「浄化された歪み」へ。向かう先は違っても、背中を向けてる相手は同じ。均質で清潔な現代だ。

同じ一枚の九龍城砦の写真が三つの名前を持てるのも、そういうことか。

そういうこと。だから境界線は、優劣でも正解でもない。同じ風景に、自分がどんな物語を重ねるか。それだけの違いなんだよ。

じゃあ次はサイバーパンク単独で、その「来てほしくない未来」の中身、ちゃんと掘ろう。

約束。雨の降る街で待ってる。
よくある質問(アジアンゴシックとサイバーパンクのQ&A)
Q. アジアンゴシックとサイバーパンクの違いは何ですか?
A. 一番の違いは「時間の向き」と「光の扱い」です。サイバーパンクはテクノロジーが進みすぎた近未来を描き、ネオンやスクリーンなど自ら発光するものが主役になります。アジアンゴシックは失われていく古い街並みなど過去を見つめ、湿気や闇に光が滲み、呑み込まれていくのが特徴です。視線が未来を向くか過去を向くか、光を放つか呑むか、で分かれます。
Q. アジアンゴシックとサイバーパンクは同じものですか?
A. 別の美学ですが、原風景は重なっています。雨に濡れたネオン、空を覆う配線、ひしめく看板といった同じ風景が、片方からは「未来都市の原型」に、もう片方からは「湿った迷宮」に見えます。どちらも、かつて香港に実在した九龍城砦を聖地・原風景として挙げる点が共通しています。
Q. なぜ同じ写真がアジアンゴシックにもサイバーパンクにも見えるのですか?
A. 風景そのものが中立な素材で、見る人が重ねる物語によって名前が変わるためです。同じ九龍城砦的な風景に「未来」のフィルターをかければサイバーパンクに、「過去」のフィルターをかければアジアンゴシックになります。素材は一つ、味付けが二種類、という関係です。
Q. アジアンゴシック・サイバーパンク・スチームパンクの違いは?
A. 「機械の扱い」で整理すると分かりやすいです。スチームパンクは歯車や配管がむき出しの「見える機械」で、過去への楽観を描きます。サイバーパンクは技術が高度化して中身が見えない「見えない機械」で、未来への悲観を描きます。アジアンゴシックはそもそも機械が主役ではなく、汚れ・歪み・混淆という「湿った質感」が主役です。三者とも、均質で清潔な現代への抵抗という一点では共通しています。
Q. アジアンゴシックの原風景はどこですか?
A. かつて香港に実在した「九龍城砦」がよく原風景として挙げられます。無秩序に積み上がった建物、空を覆う配線、届かない光、独自のルールで動く密度——これらがアジアンゴシック特有の「湿度」を生む源になっています。詳しくは前編のアジアンゴシックの話で解説しています。
この対談の前編はこちら
今回の出発点になった「アジアンゴシックとは何か」を、九龍城砦・クーロンズ・ゲート・三つの質感(汚れ・歪み・混淆)から一から解説した回。「湿度」という言葉の意味を掘り下げているので、今回の話がより立体的になる。
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文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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