意外と知らないアジアンゴシックの話
- 日本スチームパンク協会

- 2 日前
- 読了時間: 8分

喫茶蒸談へようこそ
「アジアンゴシック」という言葉を、はじめて聞く人もいるかもしれない。
西洋のゴシック、大聖堂の尖ったアーチ、劇的な影、死の象徴をアジア特有の都市環境と掛け合わせた美学のことだ。ただし、西洋ゴシックの恐怖が乾いて明快なのに対し、アジアンゴシックは「湿度」がある。
日常の隙間にじわじわ滲む不気味さ、逃げ場のない密度、複数の文化が整理されないまま混ざり合う混沌。その原風景として語られるのが、かつて香港に実在した「九龍城砦」だ。
ゲーム、映像、ファッション……どこに現れても、アジアンゴシックには「整いすぎた現代が削ぎ落とした何か」がある。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
「アジアンゴシック」ってなに?


ねえ、「アジアンゴシック」ってなに?

いいねぇアジアンゴシック、どこで見たの?

SNSで流れてきた画像に書いてあって。なんかダークな中華っぽい服なんだけど、ただのコスプレとも違う雰囲気で。

あー、わかる。あれはけっこう深いところまで続いてる話なんだよ。

「ゴシック」はわかる。でも「アジアン」がつくと何が変わるの?

アジアンってくらいだから簡単に言えばアジア版ゴシックってことなんだけど、そこから話そうか。
西洋ゴシックとは「湿度」が違う

ゴシックって、西洋の大聖堂とか、ドラキュラとか、そういうイメージだよね。

まず基本から整理すると、アジアンゴシックっていうのは、西洋のゴシック様式、建築でいうと大聖堂の尖ったアーチとか、劇的な陰影とかをアジア特有の都市環境や文化と掛け合わせた美学のこと。

美学、ね。ファッションだけじゃなくて?

そう。ゲーム、映像、建築、ファッション……いろんな表現に出てくる世界観の話。アジアならではの「密度」「湿度」「混沌」が西洋ゴシックの暗さと混ざったとき、独特の空気が生まれたんだ。

なるほど。じゃあ西洋ゴシックと何が違うの?

そこが面白いところで

ゴシックって、西洋の大聖堂とか、ドラキュラとか、そういうイメージだよね。

そうそう。尖ったアーチ、劇的な影、死の象徴。見た目は派手で、恐怖もわりと直接的。

わかりやすく怖い感じ。

アジアンゴシックはそれと根本的に質感が違う。一言で言うと「湿度」がある。

湿度?

西洋ゴシックの恐怖って、どこか乾いてる。明快な衝撃があって、終わったらすっきりする。でもアジアンゴシックは、日常の隙間にじわじわと滲んでくる不気味さで、見終わった後も残る。

あー、『呪怨』とか『リング』とかそっち系か。

まさに。乾いた恐怖じゃなくて、湿り気を帯びた恐怖。逃げ場がない感じ、ともいえる。

確かに後味が違うよね。ハリウッドホラーは「びっくりした!終わり」で、和製ホラーは家に帰ってからじわじわくる。

その「じわじわ」がアジアンゴシックの核心にある。
九龍城砦という「原風景」

でも、ゴシックって言うからにはどこか「場所」のイメージがあるんじゃないの?

ある。アジアンゴシックの原風景として語られるのが、香港にかつて存在した「九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)」。

九龍城砦!トワイライトウォーリアーズ見た!あの雰囲気すごくよかった。

建物が無秩序に積み重なって、空を覆うくらい配線が張り巡らされてて、光もほとんど届かない。行政の管轄がどこにも属さない空白地帯だったから、独自のルールと経済で動いてた。

現実の場所なんだ。

1994年に取り壊されるまでは香港に実際にあった場所。あの密度と歪みと「生命力」が、アジアンゴシックという美学の出発点になった。

取り壊されたから、余計に伝説になってるのかな。

それはあると思う。現実にはもう存在しないから、ゲームや映像やファッションの中に「再構築」され続けてる。
「クーロンズ・ゲート」という事件


さっき「クーロンズ・ゲート」って名前を見たんだけど、それがアジアンゴシックと関係ある?

直接的に関係ある。1997年に出たアドベンチャーゲームなんだけど、これがアジアンゴシックという概念を語るときに必ずといっていいほど出てくる作品。

どんなゲームなの?

九龍城砦をモデルにした「陰界」というパラレルワールドが舞台。風水が乱れた世界を正すために主人公が迷宮を歩き回る、って話。

なんか独特だね。

当時1億円超えのハイエンドCGマシンを使ってたんだけど、それを「綺麗な未来」じゃなくて、「汚れ」「歪み」「湿気」を表現するためだけに使ったんだよ。

最高の技術を"汚す"ために使ったってこと?

そう。制作チームのキャッチコピーが「常識は、今のうちに捨てておいてください。」

かっこいい(笑)。

住人には「妄人(ワンニン)」と呼ばれる存在がいて、物への執着が強すぎて体が物になりかけてる人たちがいる。鍵穴に取り憑いた人は体が鍵穴になり、ボイラーに執着した人は体がボイラーに融合していく。

こわい。

でもそれが、スラムや廃墟といった空間と異様なほど馴染んでいる。場所が人を侵食するような感覚。

空間と人間の境界が溶けていく話か。
アジアンゴシックの「3つの質感」

なんとなくわかってきた。でも改めて、アジアンゴシックってどう定義すればいい?

3つの質感で語るとわかりやすいかな。「汚れ」「歪み」「混淆(こんこう)」。

混淆?

広東語、北京語、英語、風水の呪術が同じ空間に等価に並んでいる、あの感じ。複数の文化や言語が「整理されないまま」混ざり合って独自の密度を生んでいる状態。

ちゃんとしたルールがない、でもカオスでもない、みたいな?

そう。「計画された秩序」じゃなくて「生き延びるための密度」が生み出す空間。

確かにそれは西洋ゴシックの、どこか整然とした「様式美」とは全然違う。

「ほころびの中に何かがある」という言葉があって、制作者の一人が言ってたんだけど、これがアジアンゴシックの核心をよくついてると思う。整いすぎた空間には宿らない何かが、歪みの中にある。
ファッションとしてのアジアンゴシック

話を戻すと、私が最初に見たのはファッションの文脈だったんだけど。

そっちも面白くて。伝統的な中華の意匠『チャイナドレスのシルエット、鳳凰や龍の刺繍、タッセル』にゴシックの暗さや重さを掛け合わせた「中華ゴシック」と、和柄に漆黒と金銀を組み合わせた「和風ゴシック」の2つが、今特に盛り上がってる。

伝統を「ダークに再解釈する」ってこと?

そう。「可愛すぎるのは違うけど、埋没もしたくない」って感覚の人に刺さってる。あと「メメント・モリ」的な思想もゴシックには根付いてて、スカルのモチーフとか死を連想させるデザインが「死を怖れろ」じゃなくて「今を生きろ」という意味で使われてる。

骸骨=怖い、じゃないんだね。

中世の貴族から続く哲学的な記号でもある。それがアジアの伝統意匠と混ざると、独特の層の厚さが生まれる。
スチームパンクと隣り合う部分

なんか聞いたら、スチームパンクとどこか似てるところがある気がしてきた。

どのあたりにスチームパンクを感じた?

「現代の整いすぎた感じへの抵抗」みたいな部分。

鋭い。スチームパンクも「ハイテクで均質な現代」より「機械の構造が見えていた時代」への眼差しがある。ただ方向が違って、スチームパンクは「失われた可能性」への憧れ、アジアンゴシックは「浄化されてしまった歪み」への執着、って感じかな。

スチームパンクは「明るめの廃墟」、アジアンゴシックは「湿った迷宮」?

その表現、すごく合ってると思う(笑)。でもどちらも「管理された現代都市が削ぎ落とした何か」を取り戻そうとしてる点は同じだと思う

「ほころびの中に何かがある」って言葉、スチームパンクにも通じる気がする。

通じると思う。整いすぎた世界に対する、静かな抵抗のかたちとして。
コラム:「湿度」という美学
乾いたものは整理しやすい。分類できるし、保存できる。
でも「湿度」を持つものは、分類を拒む。じわじわと境界を滲ませ、隙間に入り込み、気づいたら体の一部になっている。
アジアンゴシックが描くのは、そういう空間と感覚だ。整えられた現代都市が消毒してしまった「生のざらつき」が、なぜこれほど人を惹きつけるのか。
答えは、私たちの中にもまだ「湿度」が残っているからかもしれない。
「アジアンゴシック」に惹かれたなら、この記事もおすすめ。
「暗さにもいろんな種類がある」と思った人へ
アジアンゴシックの「整理されないまま混ざり合う密度」は、ダークアカデミアが持つ「知的でクラシカルな薄暗い空気」とどこか響き合います。古書、木の机、羊皮紙の匂いがするような世界観。そちらの空気感が気になった方は、こちらの対談もどうぞ。
「歪みと機械が混ざる世界観」が気になった人へ
アジアンゴシックの「風水と呪術と科学が同じ空間に並ぶ」感覚は、スチームパンクが持つ「機械と物語と歴史が交差する世界観」と根っこが似ています。「整いすぎていない時代」への眼差しを、こちらでもう少し掘り下げています。

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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