【第27回】なぜスチームパンクはゴーグルを愛するのか?歴史から紐解くその魅力と選び方
- 日本スチームパンク協会
- 3 時間前
- 読了時間: 14分

喫茶蒸談へようこそ
今日は、ファッションの象徴にまつわるお話を。
スチームパンクと聞いて、まず思い浮かぶもののひとつが〈ゴーグル〉です。
帽子の上に、首元に、あるいは額にかけられたその姿は
ただの飾りではなく、文化の記憶を宿した証拠品のような存在。
では、このゴーグルはどこからやって来て、どんな旅路を経て今の形に落ち着いたのでしょうか
今回お届けするのは、サイバー文化との交差点から始まり
19世紀の空気をまといながら独自に進化していった
〈スチームパンク・ゴーグル〉の物語。
そのルーツと変遷を、少し丁寧にたどっていきます。
「ゴーグルとは」
本来は溶接や航空、バイク用として実用されてきた保護眼鏡。 しかしスチームパンクにおいては、視界を守る道具以上の意味を持つ。 頭上に掲げれば冒険者の証、首に下げれば旅人の記憶。 その存在は、機械文明と人間のロマンをつなぐ象徴として息づいている。
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
なぜゴーグルが象徴になったのか


この前のイベントで思ったんだけど、やっぱりスチームパンクってゴーグルのイメージが強いよね。帽子の上に載ってたり、首から下げてたり。あれってなんでそんなに象徴的なんだろう?

そうだね、あのゴーグルは単なる小道具じゃなくて、文化の成り立ちそのものを物語るアイコンなんだよ。単に見た目の記号というだけじゃなく、そこにたどり着くまでの歴史や、いろんなジャンルの文化が混ざった証拠でもある。今日はその歴史と特徴を少し紐解いてみようか。

そもそも、いつからゴーグルってスチームパンクの必須アイテムになったの?

必須になったというかみんな着けるようになったのは、スチームパンクのファッションがまだ固まってなかった時期——2000年代前半から2010年くらいにかけてだね。その頃のアメリカでは、ゴス、サイバー、ヴィクトリアンといったジャンルごとのイベントが盛んに行われていて、それぞれの常連たちが同じ会場に集まることも多かった。

ジャンルごとのイベントなのに混ざる機会もあったんだ?

そう、会場が同じだったり、友人を通じて行き来したりしてたから。互いのスタイルを見て刺激を受けて、面白そうな要素を取り入れてみる人が出てきた。そうやって、いくつものジャンルが少しずつ混ざっていった。

2006年には、世界で初めてのスチームパンク専門コンベンション「SalonCon」が開かれて、そこに集まった人たちがそれぞれのジャンルから持ち寄ったファッションのかけらが合わさったんだよ。ゴスのコルセット、サイバーのゴーグル、ヴィクトリアンのトップハット…そういう断片が会場で自然に組み合わさって、今のスチームパンクらしいスタイルが形になっていった。

つまり最初から「スチームパンク専用のゴーグル」っていうわけじゃなかったのね。

そう。当時、サイバー系のファッション愛好家たちが溶接ゴーグルをアレンジして持ち込んだのが始まりだった。もともとサイバーではサングラスやゴーグルが「サイボーグ化した身体」を象徴するアイテムだったんだ。視覚を覆い隠すことで、人間と機械の境界をあいまいにする。そういう意味合いがあった。

それがそのまま新しいファッションシーンに持ち込まれたのか。

そうそう。しかも、レシプロ飛行機時代の飛行士が使っていたゴーグルのイメージとも重なって、受け入れられやすかった。航空文化って、スチームパンクの「冒険」のイメージと相性がいい。蒸気機関や飛行船と一緒に描かれるパイロットや探検家の姿が、そのままゴーグルと結びついたんだよ。

特に日本では少年漫画やアニメの主人公がゴーグルを着けてることも多いからね、元々飛行士=ヒーロー的なイメージがあったんだと思う。
初期のゴーグルは「溶接」と「スパイク」


初期のゴーグルって、どんな見た目だったの?

ほとんどが溶接用ゴーグルをベースにしたもので、黒やシルバーのプラスチック製が多かった。そこにスパイクや鋲、時にはLEDまでつけるサイバーの名残が色濃く残っていたんだ。

無骨というか、かなり攻撃的な見た目だね。

そう。パンク的な反骨精神が強くて、装飾も「危険な香り」がするものが多かった。でもそこに真鍮色の塗装や革のカバーを加える人が出てきて、だんだんヴィクトリアン寄りにアレンジされていったんだ。

なるほど、サイバーからクラシックへシフトしていったんだね。

やがて飛行士用や軍用のバイクゴーグルも加わった。特にハルシオン製のようなレトロなデザインで金具が美しいものは人気だったね。あれは実用品だから堅牢で、しかも金属部品や縫製のディテールがそのままデザインの魅力になっている。

確かに、あのアンティークっぽいレンズ枠とか、独特の反射がすごく時代感を出すよね。
スチームパンク的ゴーグルの特徴


じゃあ今のスチームパンク的ゴーグルの特徴って何?

まず色と素材が違う。サイバー系は黒×シルバーが主流だけど、スチームパンクは真鍮色や銅色と革が多い。経年変化する素材が好まれるんだ。新品よりも使い込んだほうが味が出る。

革のくたっと感とか、真鍮のくすみがかっこいいよね。

構造的には、溶接ゴーグルやバイクゴーグルをベースにしているものが多い。そこにルーペを取り付けたり、カメラのシャッター羽のような機構、望遠鏡みたいに伸縮する筒をつけたりと、“機械を感じる”ギミックが加わる。

あれって実際に使えるの?

大抵は飾りだけど、作る人によっては本当に倍率が変わるレンズを入れていることもあるよ。実用性というより、工学的な遊び心を表現するためのものだね。

確かに、あの「これ何に使うんだろう?」って思わせる感じがいいんだよね。
身につけ方と最近の傾向

そういえば、イベントでゴーグルを目にかけてる人ってあんまり見ない気がする。

そうなんだよ。実際にかけると視界が狭くなるし、曇るし、長時間は結構不快だからね。昔は「せっかくだから」と頑張ってつけてる人も多かったけど、だんだん「見せるための位置」に落ち着いてきた。帽子の上や首元、あるいは頭の上にヘアバンドみたいに載せるのが今の定番だね。

あの位置って、写真映えもするし、動きやすいんだよね。

そうそう。特に屋外イベントだと、ゴーグルが汗や化粧崩れの原因になるから、あえて目にはかけない。

最近はゴーグルなしの人も増えたよね。

初期は「スチームパンクといえばゴーグル」ゴーグルがなきゃ始まらないって感じだったけど、今は必須感は薄れてきたね。
ファッションに取り入れるコツ

ゴーグルをファッションに取り入れてみたいけど、何から始めればいいかな?

まずは簡単な溶接ゴーグルや安価なバイクゴーグルを試すといい。ネットやホームセンターで千円もしないものもあるし。首から下げたり、帽子のバンドに装着するだけで雰囲気が出るよ。

それなら気軽に始められそう。

本格的にやるなら、革ベルトや真鍮パーツを足すのがおすすめ。真鍮のリベットや歯車を飾りで付けるだけでも雰囲気はぐっと変わる。さらに、ルーペや拡大鏡を取り付ければ「職人の道具」感が増す。

やっぱり自分でアレンジするのが楽しいんだね。

そうだね。既製品をそのまま使うより、「これを自分仕様にした」というストーリーがある方が断然魅力的に見える。
もしスチームパンク世界のゴーグルが実用品だったら?

もしスチームパンクの世界でゴーグルが本当に必要な道具だったら、どんな使い方になるかな?

例えば、飛行船の操縦や蒸気機関の点検作業では、煤や熱から目を守るために必須だったかもね。風防ガラスのないデッキで航行するときは、ゴーグルなしでは目が開けられない。

そういう世界観なら、もっと機能が盛り込まれててもいいよね。

ありえるね。レンズ切り替え機構で、昼夜や煙の中でも視界が確保できるようにしたり、遠くの物を拡大できる望遠モードがあったり。

夜用に光を増幅するレンズも欲しいな!

暗視レンズとか、熱源を探知するフィルターもありだね。さらに、風速計や高度計の表示が組み込まれていたら、まさに冒険者の必須装備だ。

なんだか、本当に欲しくなってきた。
はじめてのスチームパンクゴーグル購入ガイド
スチームパンクの魅力を最大限に引き出すアイテムのひとつ、ゴーグル。いざ探そうとすると、種類や価格帯が多岐にわたり、どれを選べばいいか迷ってしまいますよね。このガイドでは、はじめてスチームパンクゴーグルを購入する方が、自分にぴったりの一品を見つけられるよう、選び方のポイントをまとめました。
1. 価格帯から見るゴーグルの目安
まずは予算に合わせて、どのようなゴーグルがあるのかを知りましょう。
1,000円〜3,000円(低価格帯)
特徴: プラスチックや安価な合成皮革を主な素材とした、コスプレやイベント向けのゴーグルです。軽くて扱いやすいのが最大のメリット。まずは気軽にスチームパンクの世界観を楽しみたい、という方におすすめです。
注意点: そのままだと素材がチープに見えたり、耐久性が低い場合もあります。
楽しみ方: この価格帯のゴーグルは、カスタムのベースとして最適です。手軽に入手できる分、色を塗ったり、ベルトを本革のものに付け替えたりと、大胆なアレンジに挑戦しやすいのが魅力です。真鍮風のスプレーで色を塗る、歯車や鋲などのパーツを追加するなど、自分だけのオリジナルゴーグルを作り上げる楽しさを味わえます。
検索のヒント:
「溶接 ゴーグル」「溶接 メガネ」:DIY用品店やAmazonなどで、シンプルなデザインのものが安価に見つかります。
「サイバー ゴーグル」:サイバーパンク系のゴーグルは、形状が似ており、改造のベースにしやすいものが多いです。
「コスプレ ゴーグル」:ハロウィンやイベント向けの商品が多数あり、手軽に手に入ります。
10,000円以上(高価格帯)
特徴: 本格的なバイクゴーグルやアンティークの飛行士用ゴーグル。 本革や本真鍮、アンティーク加工が施された、熟練の職人によるハンドメイド作品が中心です。市販品にはない、作家の個性があふれるユニークなデザインが多いのも魅力です。ひとつひとつが異なる表情を持つ一点ものや、凝ったギミックが施されたものが多く、コレクションとしても楽しめます。
注意点: 重厚感がある分、重さも増す傾向にあります。
2. デザインの種類と選び方
ゴーグルは大きく分けて3つのスタイルに分類できます。なりたいキャラクターや用途に合わせて選びましょう。
溶接ゴーグル系
見た目: レンズが丸く、フレームが分厚い、重厚なデザインが特徴です。スチームパンクの王道ともいえるスタイルで、機械いじりが好きそうな職人や冒険家を演出できます。
おすすめ: カスタムのベースとしても人気が高く、手を加えることで自分だけのオリジナルゴーグルに仕上げたい方に向いています。
飛行士・バイクゴーグル系
見た目: 曲線的なフレームが特徴で、顔にフィットしやすい形状です。レトロな飛行士やレーサーのような、クールでスタイリッシュな雰囲気を醸し出します。
おすすめ: 合皮や本革の質感が生きるデザインが多く、素材の魅力を重視したい方におすすめです。
ギミック重視のオリジナル系
見た目: 片目にルーペが付いていたり、小さな望遠鏡が組み込まれていたり、実用性よりもユニークな仕掛けにこだわったデザインです。
おすすめ: イベントや作品の小道具として、他にはない個性的なゴーグルを探している方にぴったりです。
3. 購入前にチェックしたい3つのポイント
ゴーグル選びで失敗しないために、以下の点を必ず確認しましょう。
重さ: ゴーグルは長時間着用することが多いアイテムです。特にイベントなどで使う予定がある場合は、軽量なプラスチック製や合皮製のものを選ぶと、首や耳への負担が少なく快適に過ごせます。本革や真鍮製は雰囲気は抜群ですが、重みがあることを考慮しましょう。
色味: スチームパンクの世界観にマッチするのは、真鍮色やブロンズ、アンティーク加工が施されたカラーです。シルバーや黒一色よりも、渋みのある色合いの方が、よりスチームパンクらしい雰囲気を演出できます。
カスタムのしやすさ: より自分らしさを出したい方は、改造しやすいシンプルなデザインのものを選ぶのがおすすめです。革ベルトに付け替えたり、真鍮風の塗料でエイジング加工を施したりすることで、愛着のある一品に育てることができます。
4. 主な購入先
国内通販サイト: Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングなどで手軽に購入できます。安価なものが多く、すぐに手に入れたい場合に便利です。
海外通販サイト: Etsy、AliExpress、Ebayでは、国内では見つけにくいユニークなデザインや、海外の作家によるハンドメイド作品を探すことができます。
ハンドメイドマーケット: minneやCreema、BOOTHなどでは、日本の作家さんが丁寧に作った個性豊かな一点ものに出会えます。
イベント会場: スチームパークや日本蒸奇博覧会などのイベントでは、実際にゴーグルを手に取って試着したり、作家さんと直接話したりしながら購入することができます。
このガイドが、あなたのスチームパンクライフを豊かにする素敵なゴーグル選びの一助となれば幸いです。もし気になるゴーグルが見つかったら、ぜひ教えてくださいね。
コラム:ゴーグルが物語る時代と文化
スチームパンクのゴーグルは単なる装飾品ではなく、複数の文化が交差した歴史の証人だ。その起源をたどると、スチームパンクがまだ確立していなかった黎明期に行き着く。
当時のアメリカやヨーロッパでは、ゴス、サイバー、ヴィクトリアン、フェティッシュといったサブカルチャーがそれぞれ独自のイベントを開き、ファッションや小物を競い合うように披露していた。その中で、サイバー文化の象徴的アイテムのひとつであった「溶接ゴーグル」が、新しい文脈に持ち込まれたのである。
サイバー系のゴーグルは、金属的な光沢や黒いプラスチックの質感で、未来のサイボーグや機械化された身体を表現していた。それがスチームパンクという新しい舞台に置かれると、色や素材は真鍮や革へと変化し、無骨さはそのままに、ヴィクトリアンの時代感を纏うようになった。
結果として、ゴーグルは「未来の機械化された人間」と「過去の蒸気機関文明」という、一見相反する二つのイメージを橋渡しする存在となったのだ。
さらに、航空文化との結びつきも見逃せない。20世紀初頭の飛行士が着けていた防風ゴーグルは、冒険心やフロンティア精神の象徴だった。飛行船や蒸気飛行機が空を行き交うスチームパンク世界では、この飛行士のイメージが重なり、ゴーグルは「空を駆ける者の証」として強い物語性を持つようになった。
レンズの曲線や金具の輝きは、単なる実用品を超えた、時代と文化の記憶を宿す装飾となったのである。現代のスチームパンクイベントでは、かつてのように全員がゴーグルを装着しているわけではない。視界を遮る不便さや、衣装全体のバランスを考えて外す人も増えた。
それでも、ゴーグルを持たないスチームパンク愛好家はほとんどいない。なぜなら、この小さな道具には、過去と未来、現実と空想をつなぐ物語が凝縮されているからだ。
ゴーグルは、持ち主がどんな人物で、どんな旅や作業をしてきたのかを想像させる「物語を呼び込む装置」である。レンズに刻まれた小さな傷は、空を渡ったときの砂塵かもしれないし、蒸気機関のそばで煤にまみれた証かもしれない。
革ベルトの色あせは、長い航海や工房での作業の年月を物語る。そうした想像が、見る者の中で物語を紡ぎ、やがて持ち主自身もその物語の登場人物になる。
だからこそ、実用品であれ飾りであれ、ゴーグルを身につけた瞬間に、あなたは別の世界の住人になれる。
そこでは、蒸気がうなる港町や、雲の上を漂う飛行船があなたを待っている。ゴーグルは、ただの小道具ではなく、物語の扉を開くための鍵なのだ。
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歯車の回る音が聞こえたら、またここでお会いしましょう

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
詳しいプロフィールはこちら ▶ プロフィールを見る
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