【第21回】帽子をかぶるという物語
- 日本スチームパンク協会

- 7月9日
- 読了時間: 9分
更新日:8月1日

喫茶『蒸談』へようこそ
ここは蒸気とフェルトがゆるく香る、穏やかな午後のひととき。
シルクの光沢、フェルトの温かさ、使い込んだ革の手触り。 帽子ひとつで、人はまったく違う物語を生きることができる。
今日は、そんな帽子に秘められたスチームパンクのお話。
トップハットの格式、ボーラーハットの現場感 ピスヘルメットが誘う冒険の予感に、キャスケットが宿す労働者の誇り──
頭に小さな世界をのせて、日常から一歩だけ、空想の街角へ。
トップハットとは?
トップハット(Top hat)は、19世紀の西洋で広く使用された帽子のひとつで、背の高い円筒形のクラウン(頭の部分)と、水平に広がったブリム(つば)を持つのが特徴です。特に18世紀末〜19世紀のヨーロッパ紳士の正装に欠かせないアイテムであり、貴族や政治家、興行師から労働者階級まで、さまざまな場面で使用されました。その形状にはバリエーションがあり、まっすぐで高い「ストーブパイプ型(Stovepipe)」、少し丸みを帯びた「ベル型(Belled)」、さらには折りたたみ可能な「オペラハット(Opera hat)」などが存在します。それぞれの形が放つ印象や用途の違いによって、着用する人物の職業や階級、さらには“物語性”までがにじみ出る帽子と言えるでしょう。※出典:Wikipedia「Top hat」英語版https://en.wikipedia.org/wiki/Top_hat
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
◆スチームパンクと帽子の深い関係◆


スチームパンクって、帽子の存在感がすごく大きいよね。

うんうん!服装より先に、まず帽子でスチームパンクってわかることもあるよね。。

特にトップハットね。日本では「シルクハット」って呼ばれることも多いけど、実はあの形にもいろんな種類があるんだよ。 クラウン(頭の部分)の高さとか、ブリム(つば)の広さ、丸みの強さとか、細かく分かれてる。

へえ、そうなんだ!日本人の感覚だと、シルクハットって「どれも同じ」って思っちゃいがちかも。。

たとえば、クラウンが高くてストンと真っ直ぐな「ストーブパイプ型」とか、 上が少し広がった「ベル型」とか、折りたためる「オペラハット」みたいな変わり種もある。 微妙な違いだけど、キャラクター性とか時代背景を演出するには、すごく効くんだ。

いいなあ、それ。高さとかラインがちょっと違うだけで、ぜんぜん雰囲気変わるもんね!

そう。トップハットひとつでも、どんな物語を背負ってるか、細かく演出できるんだよ。

でも、トップハットとシルクハットって、結局どう違うの?

実はね、形は同じなんだ。ただ呼び方が違うだけ。 「シルクハット」っていうのは、表面にシルクの光沢生地を使ってたことから付いた日本独自の呼び方で、英語圏では素材じゃなく形に注目して「トップハット」って呼ぶんだ。

なるほど〜。素材の名前を前に出すあたり、ちょっと日本らしいかもね(笑)

しかも当時の日本では、シルク=高級品だったからね。「シルクハット」って響きだけで特別感を出したかったんだと思う。

わかるなあ。シルクハットって言うだけで、急に貴族っぽくなる感じするもん。

今の時代だと、本物のシルク製トップハットなんてまず見かけないけど、それでも、あの独特のシルエットがあるだけで、一気に「世界観」が見えてくる。帽子って、それくらい強いアイテムなんだよ。
◆ボーラーハットとスチームパンク◆

スチームパンクでよく見る帽子といえば、ボーラーハットも外せないよね!

うん、ボーラーは本当に万能選手。もともとは19世紀、乗馬用の実用的な帽子として作られたんだ。 クラウンが丸くて硬いから、馬に乗って木の枝にぶつかっても潰れにくかったらしいよ。

えっ、そんなヘルメットみたいな現場仕様だったの!? もっと紳士のオシャレアイテムだと思ってた。

間違いじゃないよ。乗馬用からスタートしたあと、労働者階級に広まって、そこから都市の紳士たちにも普及していった。チャップリンもかぶってたしね。カジュアルなスーツスタイルにも合わせやすい万能型だった。

なるほど、だからスチームパンクでもボーラーって、ちょっと現場感あるキャラクターに似合うんだ。

そうそう。発明家とかメカニックとか、ちょっと手を動かす人たち。トップハットが「格式」なら、ボーラーは「リアリティ」って感じだね。

いいなそれ!地に足ついた帽子って感じがする!
◆ピスヘルメットとキャスケットも忘れずに◆

そういえば、ピスヘルメットとかキャスケットもスチームパンクでよく見るよね。

見る見る! ピスヘルメットは19世紀の探検家スタイルを象徴する帽子だね。熱帯地方の探検とか、植民地時代の遠征隊とかで使われてた。

あの、ちょっと高くて丸い形の白いやつだよね?見るだけで「未知の世界へ!」って感じする。

そうそう。ただ、日本だと……「スーパーひとし君」のイメージが強すぎるかもしれないけどね(笑)

たしかに!(笑)でもスチームパンクの世界では、ちゃんと“冒険の装備”として見たいよね!

うん、ピスヘルメットをかぶるだけで「探検隊長」感が出る。空想科学冒険には欠かせないアイテムだよ。

じゃあキャスケットは?

キャスケットは、もっと労働者寄り。工場作業員とか新聞売りの少年とか。ピーキーブラインダーズの回でも話したけど、あのドラマではキャスケットがまさに“象徴”だったね。

うん、ギャングたちがキャスケットかぶって、めちゃくちゃかっこよかった!

スチームパンクでも、キャスケットは整備士や地下作業員、運搬屋みたいなキャラにすごく似合うんだ。ピスヘルが空を目指す帽子なら、キャスケットは地面を支える帽子って感じ。

いいね、その対比!空と地面、両方あってこそスチームパンクだ!
◆ゴーグルの話はまた今度◆

あ、そういえば帽子にゴーグル乗せるスタイルもスチームパンクっぽいよね!

だよね。帽子に合わせるだけで“冒険者感”がグッと増す。ゴーグルって、帽子に合わせてる人もいれば、ゴーグルが“頭の主役”になってるスタイルもあるし。

どっちもかっこいいんだよなあ。帽子とゴーグルだけで世界観できあがるもん。

わかる。でも今日は帽子の話だから……ゴーグル特集は、また別の回でじっくりやろう!

うん、それだけで一本語れるもんね!
◆帽子はスチームパンクの扉◆

改めて思うけど、帽子ってスチームパンクにとってただの小道具じゃないよね。

うん。帽子をかぶるだけで、その人がどんな物語を生きてるか想像できるもん。

トップハットなら発明家、ボーラーなら整備士、ピスヘルなら探検家、キャスケットなら地上の仕事人…。 帽子ひとつでキャラクターの背景が見えてくるんだ。

すごいなあ。帽子って、世界観への入り口なんだね。

そう。スチームパンクは、まず帽子から始まる。 物語をかぶるって、そういうことだと思う。
実際どこで買えるの?——帽子好きの拠点リスト
「かぶってみたいけど、どこに売ってるの?」という人のために、ツダイサオが実際に足を運んだことのある、おすすめの帽子屋さんを紹介します。どれも現物を見ながら選べるお店ばかり。物語のはじまりは、やっぱり現地から。
▶ リプレッションハッターズ(東京・町田・予約制)
フルオーダーを受け付けている、職人の魂がこもったお店。ボーラーや中折れ、トップハットもオーダー可能。ツダイサオも何点もオーダーしている、信頼の工房です。来店には予約が必要なので、じっくり相談したい人におすすめ。
▶ The Fat Hatter(東京・原宿)
https://thefathattershop.com/ 近年注目度急上昇の、超個性派ショップ。店構えも内装もアメリカンカスタムカルチャー全開で、ただ歩くだけでも楽しい。ちょっと値は張るけど、そのぶん唯一無二。ツダイサオはここのセカンドラインのカンカン帽を愛用中。
▶ CA4LA(全国展開)
https://www.ca4la.com/shop/ 言わずと知れた有名店。カジュアルな帽子が多い印象だけど、実はボーラーやトップハット系のクラシックなラインも店頭に並ぶことがある。全国に店舗があるので、まず最初にのぞいてみるにはぴったり。
▶ OVERRIDE(全国展開)
https://override-online.com/shop/default.aspx
店内に車があって印象に残っている人も多いはず。こちらもカジュアル寄りだけど、ヴィンテージ風の帽子も意外と充実。社長の栗原さんは実はヴィンテージハットのガチコレクターとして知られています。
▶ THE H.W.DOG & CO(東京・原宿)
https://www.thehwdogandco.com/
最近「お札のタグ付き帽子」で話題のブランド。ベレー帽やキャスケットの完成度が高く、被るだけで雰囲気が出る。有名人の着用も増えていて、注目度高め。ツダイサオもここのベレーとキャスケットを愛用中です。
番外編:楽天やAmazonでも買える?もちろん、オンラインでも手に入ります。コスプレ用からしっかりしたフェルト製まで、種類は豊富。ただし形やサイズ感は実物を見ないとわからないことも多いので、最初の一個は、できれば試着してみるのがおすすめです。 そして忘れてはいけないのが、イベントや即売会。
スチームパンク系のイベントでは、ハンドメイドの帽子を制作・販売している作家さんも多く、まさに“この世界観のために作られた”ような帽子たちに出会えます。ゴーグル付き、歯車入り、革を使った一点もの──
世界でひとつだけの物語をかぶりたいなら、こういう場をのぞいてみるのも楽しみのひとつです。
コラム:帽子は小さな舞台装置
——スチームパンクにおける「かぶること」の意味
スチームパンクの世界では、帽子がひとつの物語を背負っている。
トップハットをかぶれば、発明家か貴族のように見える。ボーラーハットなら、現場で働く整備士や、裏路地の情報屋かもしれない。ピスヘルメットは冒険家の象徴、キャスケットは地上の仕事人たちの相棒だ。
不思議なことに、服を変えなくても、帽子ひとつで“その人の役割”ががらりと変わる。それはまるで、小さな舞台装置。頭に乗せるだけで、物語が見えてくる。
スチームパンクは、「なりきる」楽しさもあるジャンルだ。でも大げさな衣装がなくても、帽子をかぶるだけでその入口に立てる。それは、ちょっと背筋が伸びる瞬間かもしれないし、照れくささを超えてワクワクする一歩かもしれない。
帽子には、そんな「変身」の力がある。見た目を変えるのではなく、自分の中にある物語のスイッチを押すような感覚。
今日は、どんな自分になってみたいか。その答えは、クローゼットの片隅にある帽子が、そっと教えてくれるかもしれない。

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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