【第3回】なぜペストマスクがスチームパンクの定番なのか?
- 日本スチームパンク協会
- 3月5日
- 読了時間: 8分
更新日:6月12日

喫茶『蒸談』へようこそ
ここは蒸気と機械、そして想像力が交差する場所
歯車が回るように、言葉を紡ぎながら
スチームパンクの世界をめぐるひとときを
さあ今日の話題は?
ペスト医師のマスク
図像資料からはペスト医者が様々な衣装を身に着けていたことが分かるが、中にはひと目で分かる独特の格好をする者もいた。できるだけ肌を露出させないよう全身を覆う、表面に蝋を引いた重布か革製のガウン、つば広帽子、嘴状をした円錐状の筒に強い香りのするハーブや香料、藁などをつめた鳥の嘴のようなマスク(ペストマスク)、木の杖のひと揃いがその典型であった。 引用/ Wikipediaペスト医師
■この対談に登場するふたり

MaRy(マリィ):日本スチームパンク協会 代表理事。感覚派で、スチームパンクの“ワクワクするところ”を見つけ出すのが得意。気になったことはどんどん質問するスタイルで、対談の聞き手としても案内役としても活躍中。

ツダイサオ:日本スチームパンク協会 理事。物事を論理的に捉えるタイプで、歴史や文化、技術の観点からスチームパンクを語るのが得意。蒸談ではMaRyの投げかけにじっくり応える“解説役”として登場することが多い。
◆ペストマスクって、なんでスチームパンクで大人気なの?◆


ツダさん、ペストマスクってスチームパンクのモチーフとしてめちゃくちゃ人気だけど、なんであんなに定番になったんだろう?

確かに、スチームパンクな衣装やイラストを見てると、必ずと言っていいほどペストマスクをつけたキャラクターがいるよね。でも、実はそのルーツって意外と新しいんだよ。

やっぱりそうなんだ。今はもう引退してるけど、トム・バンウェルの影響が大きいって話、知ってる? 今のスチームパンク界隈では知らない人も多いかもしれないけど、一時期ものすごく話題になったよね。

うん、彼の作品がなかったら、今のスチームパンクにおけるペストマスクのイメージは全然違ってたと思う。
◆スチームパンク界隈で大バズりしたペストマスク◆

トム・バンウェルって、スチームパンクのマスクデザインに大きな影響を与えたクリエイターだったよね。でも、彼のペストマスクって最初からスチームパンクのアイコンだったの?

いや、最初はそうじゃなかった。もともと彼はスチームパンクなガスマスクやヘッドギアを作っていたけど、ある時、誰かの依頼でペストマスクを制作したんだ。それが完成した時点で、あまりにもクオリティが高くて、一気に話題になった。

それがきっかけでバズったってこと?

そう。もともとトム・バンウェルの名前はスチームパンク界隈では知られていたから、彼の新作として注目されたんだけど、さらにこのデザインが新鮮に感じられたのも大きかった。

新鮮っていうのは?

2010年頃のスチームパンク界では、サイバーパンクの影響でガスマスクが主流だったんだ。スチームパンクの世界観に合う防具として、ずっとガスマスクが使われていた。でも、そこにトム・バンウェルのペストマスクという新しいビジュアルが入ってきたことで、「これ、スチームパンクにめちゃくちゃ合うじゃん!」って流れになったんだと思う。

なるほど。もともとガスマスクはスチームパンクの中で定番だったけど、ペストマスクはなかった。でも、トム・バンウェルのデザインが「スチームパンク×ペストマスク」の組み合わせを確立したわけね。

そう。そして、ちょうどその時期にトム・バンウェル自身がペストマスクのスチームパンクバージョンや廉価モデルを作り始めたんだよね。だから、スチームパンク界隈にペストマスクが広まるのと、彼がバリエーションを増やしていくのがほぼ同時だった。このトム・バンウェル本人の動画でも丁寧に手作業で作られたマスクのバリエーションを見ることができるよ。特にレジンで作られたくちばしにリベットがたくさん打たれたモデルは当時衝撃だったのを覚えてる。
◆トム・バンウェルというアーティスト◆

ところで、トム・バンウェルってどんな人だったの?あったはずだよね?

トム・バンウェルは、もともと革職人で、1970年代から革製のマスクやアクセサリーを制作していたアーティストなんだ。特に、スチームパンクに傾倒してからはガスマスクやヘッドギアみたいな「無骨さと装飾が共存するデザイン」が特徴だった。

それ、スチームパンクの世界観にぴったりだね。

うん。しかも、ペストマスクをスチームパンク風にアレンジしただけじゃなく、使いやすい廉価版のモデルを作ったことで、一般のファンにも広がっていった。引退した今でも、彼のデザインは多くのクリエイターに影響を与え続けてるんだよね。

まさに「スチームパンクの象徴」って感じね。
◆ペストマスクとスチームパンクの親和性◆

でもさ、なんでペストマスクがスチームパンクと相性が良かったんだろう? 彼のデザインが良かっただけじゃなくて、受け入れられやすい何かがあったはずだよね?

うん、それはたぶん「歴史」と「機械」の組み合わせがピッタリだったからだと思う。もともとペストマスクって、17世紀のヨーロッパで使われていた医療器具だから、ヴィクトリア時代を背景にすることが多いスチームパンクの世界観とも相性がいいんだよね。

なるほど、もともと「昔のもの」だったから、スチームパンクのデザインに組み込んでも違和感がなかったってことか。でも、それだけじゃないよね?

うん。スチームパンクって「機械の構造が見えるデザイン」が特徴だけど、トム・バンウェルのペストマスクも、通気口にフィルターがついていたり、リベットが打たれていたりして、ただの仮面じゃなくて「機能がある機械的なデザイン」になってた。これがまたスチームパンクにピッタリだったんだと思う。

確かに、あのゴツゴツした感じがスチームパンクらしさを強調してる気がする。でも、ペストマスクって、キャラクターとしても映えるよね?

そうだね。スチームパンクって、ゴーグルとかマスクをつけたキャラが多いから、ペストマスクも自然に馴染んだんだろうね。顔全体を覆うデザインだから、キャラクターにミステリアスな雰囲気をプラスできるし、衣装との組み合わせもしやすい。

ああ、だから「スチームパンクな医者」みたいなキャラクターがすぐに定着したのか。
◆ペストマスクが一気に広まった理由◆

トム・バンウェルのペストマスクがヒットした後、スチームパンク界隈では一気に定番になったの?

そうだね。トム・バンウェルに影響を受けたクリエイターたちがどんどん似たようなデザインを制作し始めたんだ。

でも、それがただの流行じゃなくて、今でもスチームパンクのアイコンになってるのがすごいよね。

トム・バンウェルのペストマスクは、デザインとしての完成度が圧倒的に高かった。だからこそ、今でもスチームパンクのアイコンとして受け継がれているんだと思う。彼の影響はペストマスクだけにとどまらず、ガスマスクやヘッドギアのデザインにも色濃く残っている。彼が作り出したスタイルは、これからもさまざまな形で進化しながら、スチームパンクの世界に新しいアイデアを生み出し続けるんじゃないかな。

本当にそうだね。スチームパンクって、単に「昔っぽいデザインが好き」ってだけじゃなくて、こういうクリエイターたちの功績が積み重なってできてるものなんだなって感じるよ。

そうやって受け継がれていくデザインって、単なる懐古じゃなくて、新しい世代がそこに価値を見出している証拠でもあるよね。

うん、スチームパンクの魅力って、過去のデザインやアイデアを大切にしながらも、それを今の時代に合わせて発展させていくところにあるんだなって改めて思ったよ。

さて、今回はここまで。スチームパンクの世界には、まだまだ語りたいことがたくさんあるから、また次回も楽しみにしていてください。

うん! 次はどんな話になるのか、私も楽しみにしてるね。それじゃ、また次回!
コラム:「顔を隠す」とは、何を見せることなのか?
スチームパンクのキャラクターに、マスクはよく似合う。その中でも、ペストマスクの存在感は群を抜いている。だが、それは単に“見た目がかっこいい”からというだけではない。
マスクとは「隠す」ための道具だ。だが皮肉なことに、顔を隠すことでかえって“その人らしさ”が際立つことがある。たとえばペストマスクをつけたキャラクターがいたとき、私たちは「これは医者かもしれない」「何か秘密を抱えているのかもしれない」と想像を働かせる。つまり、顔が見えないからこそ、そこに物語が生まれる。
現象学では「顔」は単なる外見ではなく、他者との関係性を生み出す「出会いの場」とされる。だとすれば、ペストマスクが覆っているのは、単なる“見た目”ではなく、社会的な意味や役割、あるいは対話の出発点なのかもしれない。
そしてスチームパンクの世界観においては、その「関係性」や「意味」さえも、機械や歴史、記号のフィルターを通して語られる。顔を機械で隠すというデザインは、単に無機質になるのではなく、「この人物は何者か?」という問いを観る者に投げかけるのだ。
トム・バンウェルの作ったペストマスクが、今もなお人気を保ち続けているのは、そうした問いを含んでいるからかもしれない。スチームパンクのデザインは、過去の物語や歴史の重層性だけでなく、私たちが他者をどう見るか、どう想像するかという根源的な営みにも関わっている。
参考図書:『顔の現象学』鷲田清一(講談社学術文庫)

文・構成:ツダイサオ(日本スチームパンク協会 理事)
スチームパンクにまつわるデザイン、企画、執筆を通じてものづくりと空想の魅力を発信中
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